ニャート

出版社を過労で退職→ひきこもり→非正規雇用を経て、社会のあり方について思うことを書いています。

近況:貧しくて何もできない

今日は仕事の〆切がいくつもあるので、90分と時間を決めてその範囲で書けることを整理しないで書く。

まず、今年ほとんどブログを書いていない理由は、生きるための1円ライター稼業で忙しいからだ。

1円ライター稼業は、クラウドソーシングを通して別名義で仕事を受けている。
便宜的に1円といっているが、実際の受注は0.7〜5円の幅だ。
高い単価ばかりの仕事ならよいが、単価が高い仕事は原稿の数が少ない。
だから、クラウドソーシングに引かれるシステム手数料20%を抜いても単価1円になる、単価1.25円以上を基準に仕事を受けている。
仕事量が足りない場合は、単価0.7円(20%引かれて0.56円)までの仕事は受ける。

私は遅筆なので、1時間でコンスタントに書ける字数は、調査込みで1時間800字だ。
2000字書けるときもあるが、コンスタントに書き続けられる字数はやはり低くなる。

1か月に20万稼ぎたければ、(20%引かれて)単価1円なら20万字書く必要がある。
1時間800字ペースなら250時間、1日あたり8時間20分×30日が必要だ。

手帳に、原稿を書いた時間帯と時間数、原稿料を書き、時給を計算し、1日にどれだけ働けたかを(時間・お金ともに)チェックする。
そうした生活を送っていると、お金にならないブログを書くのが何だかムダに思えて、書く気がしなくなってしまう。

とはいえ、自分がした努力の方向性が間違っていたため、適切な方向はどこだったのかを振り返りたく「40歳働けない結婚できない私」の連載だけは最後まで書きたい。
しかし、学歴の振り返りから始めたためか、当初の目的から離れて超ネガティブな内容になってしまって困っている。

いまの私の、自分の学歴に対する率直な気持ちをいえば、何の意味もないものと捉えている。
それは、18歳時点の最大風速を示しているだけで、ほかの卒業生のように、その後に続く職歴と鍛錬がなければ何の意味もないのだ。

しかし、そうした気持ちとは別に、社会的な観点からいえば、(私のことは抜きにして)たとえば大学院を出ているのに生活苦で自殺する人を産んだ社会構造には欠陥がある。
客観的なマクロな視点と、ごく個人的な自分の振り返りが、記事のなかでごちゃごちゃになってしまったのは失敗だった。

私があとニャート名義でやりたいのは、「40歳働けない結婚できない私」を全体を通して書き直しまとめて発表することだ。
それが終わったら、(ブログは残すけれど)ニャート名義からしばらく離れようかと考えている。

理由は3つある。

  • 実質、食べるのに精一杯でブログを更新できていない
  • 次のステップに進むためには専門的な知識のインプットが必要になり、それまでニャート名義で発信できることがない
  • 結局は、ポジティブな姿勢でないと、アカウントの魅力が出せない
  • ニャート名義で「BLOGOS AWARD 2018」の銅賞までいただいたのに、私はこの名義を最大限度に活かせておらずもったいないとは思う。

    2018年時点では、こう考えていた。
    2019年からは、ひきこもりなどで生きづらい人が、働きやすい社会をつくるために、小さなことでいいから何かやりたい。
    しかし実際には、2019年は自分が生きるために稼ぐだけで終わってしまうだろう。

    実は、ある団体を9月に訪問(遠距離)する約束をしていたのに、9月はどうしてもお金が足りなくて、旅費と旅行の間仕事に集中できないとお金が捻出できないため、その約束が果たせなかった。最低である。本当に申し訳ございません。

    anond.hatelabo.jp

    この記事を書いてくださった方、見知らぬ私のことを気にしてくださって、誠にありがとうございます。
    仰る通りだと思うし、私が考えていた方向性とほぼ同じです。
    就職氷河期時代の方、ぜひ読んでください、参考になるので。

    いま、ライティングでは、主に税金だの相続だの人事だの事業承継だの、固い記事を大量に書いている。
    (大きなサイトの連載もしているので、元ひきこもりで社会人失格の私が書いた記事を、企業の人事担当者が参考にしていると考えると結構おかしい。しかし、それがネットの現状であるとも思う)
    もっと稼ぎたいなら、ライティング分野であっても結局は、専門分野を設けて知識を積み、資格などを取得してアピールするのが必要になるのだ。

    もう、ニャート名義でアピールしたいことはほぼない。
    生きづらい人を助けたいなら、まず自分が助かる必要がある。
    そのためには、働いたり勉強したりするための時間がいる。

    あと、「自分が不遇なのを社会のせいにしている」と思われるのも正直疲れた。
    そうではない。自分がだめなのは自分のせいだ。
    しかし、私の記事では、社会に問題があるというマクロな視点と、自分の振り返りというミクロな視点がごちゃまぜになっているので、そう言われても仕方はない。

    ブログには書いていないけれど、今年の私は去年よりポジティブだった。
    年初からカーブスに通い始めて体力をつけ、家でなら8時間稼働できるようになった。
    合唱を始めて、80代でも歌っている人たちと知り合い、「40代から始めても80代まで40年もできる、何事も遅くはない」と心から思った。

    パニック障害を抱えてきたが、ここまでの人生、親に金銭をせびったことはなく自活していた。

    それでも「社会のせいにして何もしない」と言われるのは辛い。
    社会のせいにはしていない。自分のせいだ。自分がだめなのは。
    ただ、落ち度がない人しか社会を批判できないなら、いつまでたっても社会はよくならないのではないだろうか。

    「40歳働けない結婚できない私」は書き直して再度発表したいけれど、どんなに早くても年末だと思います。
    もしこのままフェードアウトしても、「ニャートはどこかで勉強しながら頑張っている。専門知識をつけることができたら、またちがう形で情報を発信するだろう」と思っていただけるとうれしいです。
    40代からでも人生を立て直すことはできるし、インターネットの力を味方にして従来では考えられたなかった展開も可能です。ポジティブに生きていきたいと思います。