ニャート

出版社を過労で退職→ひきこもり→非正規雇用を経て、社会のあり方について思うことを書いています。

年内に短編を書きたい

数日前にTwitterでこう呟いた。

自分の浅はかさや文才のなさ、貧しさなどに絶望してブログをやめようと思っていた時期が長かったのだけど、その段階を通り越して、才能なくても構わないから、書きたい短編小説を書いていこうと思っている。いま忙しいけど、年内に3つくらい書きたい(続く)

「続く」と書いたけど、続きが暗いので昼につぶやくのも何だから夜にしようと思ったら夜は忙しく、すぐに数日が過ぎてしまい、明日もバイトに行かないといけないので(最近始めた)、見直しとかしないで今パパっと書いてしまう。

就職氷河期世代で、非正規雇用などにより人生がうまくいっていない人は、「時代や社会に対する憤り」を多少なりとも抱えているのではないだろうか。

しかし、そうした憤りをブログやTwitterなどで言葉にするのは、実は難しい。

「あの人は努力をしないで他人(社会)のせいにばかりしている」「自己責任だ」という批判を受けるからだ。

また、この憤りを抱えて生き続けることも難しい。

そんな憤りなどきれいに忘れて、目の前の給料を上げる努力に勤しみ、マイナスの感情に囚われないほうが楽しく生きられる。

実際には私も、リアルの生活ではブログに書いていることを他人に話したことなどないし(当たり前だが)、目の前の生活に必死になって生きている。

憤りを忘れたほうが、気持ちよく生きられるのだ。

しかしその一方で、日本は確実に貧しくなりつつあり、非正規雇用による格差社会を生み出したT氏などをスルーしてよいのか、だれも責任をとらないことを許してよいのか、という気持ちがある。

日本が斜陽に向かうのは避けられなかったのかもしれない。

ただ、その貧しくなった分を非正規雇用のみに上乗せし、「あの人たちは自己責任だから貧しくても当然なのだ」と周囲に思わせてスケープゴートにし、実は日本全体が貧しくなっていることから目を反らさせたT氏などに対する憤りを忘れてよいのだろうか。

40代のいわゆる「無敵の人」(この表現は嫌いだが)による犯罪が多いこと、きっともっと増えていくことから目を背けていてよいのだろうか。

私はブログを忘れれば、貧しいながらも前向きな気持ちで生きていくことはたぶんできる。

しかし、このような憤りを創作として昇華された形で文字にして考え続けることは、就職氷河期世代の当事者として必要なのではとも思う。

なぜ「創作」なのかといえば、この数年ブログを書いてきたが、オピニオンやコラム形式でこうした憤りを書くのは非常に難しいからだ。

「私が考えてほしいと思って書いたテーマ」に読者が行き着く前に、「他人(社会)のせいにしないでもっと努力しろ」という私への個人攻撃が始まってしまうからだ。

思えば、就職氷河期世代をめぐる議論はすべてこれに尽きる。

問題をどうしたら解決できるかを考える前に、就職氷河期世代への攻撃が始まってしまう。

私という人格から離れて、世の中の問題を端的に考えてもらえるような文章を書くには、たぶんオピニオンより筒井康隆のような短編小説のほうが向いている。

ここまでは前から考えていたのだが、私には小説を書く筆力はないため訓練が必要だ。

ここで、「そんな金にもならない文章修行をするより、仕事や資格試験の勉強に時間を割いたほうがよいのでは」と思って、今ひとつ踏み込めなかった。

ところが、この記事を読んで私の意識は変わった。

常軌を逸した手法でアニメを25年作り続ける男が居た──セルをクリアファイルに描き、声優、音楽、その他全てを1人で完成さ | ニコニコニュース

アニメのセルをクリアファイルに描くという思いもよらない方法で、25年も自作アニメを作り続けてきた50代の伊勢田勝行さん。

「文章修行をするより、仕事に時間を割くべき」これはたぶん正しい。
「書きたいものがあるなら、四の五の言わずに伊勢田さんのように書くべき」これはたぶんきれいごと。

でも、ブログを書かなくても、この憤りをどう表現すれば伝わるか、毎日考えているのだ。もうこれはライフワークなんだと思う。

ブログを書けば書くほど、自分は浅はかだと実感する。
だけど、せっかくブログを続けてきたのだから、自分が納得できるレベルで、この心にあるものを余すところなく伝えられる文章をいつかは書きたいし、それだけの技量がほしい。お金にならなくても。

というわけで、今年は全然ブログを書けなかった(だけどプライベートでは結構頑張った1年だった)ので、年内にせめて1本は短編を絶対書きたい。あらすじはもうできているので、あとは書くだけなんだ…。たぶん「死時計」という題名にします、変だけど。

怨嗟を怨嗟のまま書いても仕方ないので、怨嗟を客観的に分析して、エンタテイメントとして昇華し、考えさせられるような短編を書きたいです、と希望だけを書いてみる。