ニャート

出版社を過労で退職→ひきこもり→非正規雇用を経て、社会のあり方について思うことを書いています。

2015年:初めて「母がおかしい」と思った時のこと|ちいちゃんは認知症

(アルツハイマー型認知症の母について書いてます。前回はこちら

私が最初に「お母さんおかしいな」と思ったのは2015年8月だった。
それまでは、物事を忘れがちだったり同じ話を何度も繰り返すなどの症状はあったが、認知症を疑うレベルではなかったと思う。

忘れられない、「お母さんおかしいな」と初めて思ったできごと

ある日、母が「写真屋にデジカメの現像を頼んだのに、店員は『頼まれていません』と嘘をつく」と言い出した。

私が「レシートは?」と聞くと、「店員が常連と話し込んでいて、くれなかった」と言う。
そんなことあるだろうか。それに、デジカメの写真プリントに必要なSDカードは家にあるのだ。

とりあえず母と一緒に、家から歩いて10分の写真屋に行った。
店員さんに事情を伺うと、母がプリントを頼んだと主張する日の注文履歴を見て「注文いただいていないようですね」と返された。

(まあ、だれでも勘違いはあるよね)と思って店を出ると、母が突如として怒り始めたのである。
「あの人は、常連と話していて私の現像を忘れてしまったのをごまかしている」「ネガをなくしてしまったから嘘をついているのだ」と。

驚いた。
いつもの母なら、「勘違いしちゃった」と照れ隠しに笑って済ませたことだろう。
母は穏やかな性格で、他人にはめったに声を荒げたりしないのだ。

あっけにとられて、しばし立ち止まってしまった。
すると、前を歩いていた母が、くるりと振り返って言った。
「……うちはどっちだっけ?」

写真屋の周りにはドラッグストアやレンタルショップもあり、母は何度も一人で来ている。
その時、私たちは道路沿いを歩いていて、前進か後退の二つしか選択肢はなかった。
いま思うと、その瞬間、自分がどこに立っているのかが分からなくなっていたのだと思う。

その日は夏の暑い午後で、強い日差しの中、母が陽炎のようにぐらぐらと揺れている幻が一瞬見えた。
今まで不動のものと思っていた地面が、揺れて消え去るような。

家に帰って、父に「お母さん、少しおかしいと思うのだけど」と相談したが、「そんなこともあるだろう」で終わってしまった。
離れたところに住む妹にも電話するが、「お母さん、よく嘘ついてごまかすことあるじゃん」と言われる。
(確かに認知症以前から、母は何かミスしたりすると軽い嘘をついてごまかすことがあった)

認知症初期の兆候だったと思われる点

いま振り返って、これは認知症の兆候だろうと思うものを挙げる。

  1. 写真のプリントを頼んでいないのに、なぜか頼んだと思い込んでいる
  2. 相手(店員)が嘘をついていると思い込んで、怒る
  3. いま立っている場所がどこか分からない
  4. 過去には理解していた、デジカメの仕組みが分からなくなる

1.妄想(プリントを頼んでいないのに、頼んだと思い込む)

あの時、母が実際にどのような行動を取ったのかは分からないままだ。

  • a.店に行ってプリントを注文したが、店員のミスで注文が通っていなかった
  • b.店に行ったが、店員が接客中だったのでそのまま帰ってきた
  • c.店に行っていない

aの可能性はないと思う。
当時はbだと思っていたが、いま細かい所まで思い出してみると、実際はcだったのかもしれない。

店に行くときに、私は店の場所を知らなかったので母に尋ねた。
すると母は「いま忘れちゃって説明できない」と言ったので、父に場所を聞いたのだ。
店の場所が分からない、帰り道も分からない、という状況では、一人で店に行けなかったのではないか。
(他の店は近くにないので、他の店に行った選択肢はない)

しかし、「店員が常連と話し込んでいた」という状況にこだわっていたので、bの可能性もある。または、それさえも妄想なのか。
(店の対応が冷たかったので、母がその前に店に来たかどうかは聞けなかったのだが、聞いておけばよかった)

2.妄想(相手が嘘をついていると思いこみ怒る)

1の妄想の結果、相手(店員)が嘘をついていると思い込んで怒る、というのは「物盗られ妄想」と似た構造だと思う。

物盗られ妄想とは、認知症の初期に起こる症状で、自分で置き忘れてどこにあるか分からなくなった財布などを、他人(家族のことが多い)が盗んだと思い込んでしまう被害妄想の一つである。

記憶力や思考力の低下に対する不安のためや、その場を取り繕うために、物が無くなったことを他人のせいにしてしまうのだ。

母の中でどういうストーリーができていたのかは分からないが、「現像したと思っていたのに現像されていない(現実にはプリントを頼んでいないから)→なぜ?→店員のせい」という思考回路になったのかもしれない。

3.見当識障害(今いる場所が分からない)

見当識障害とは、認知症の症状の一つで、自分が置かれている状況(日時、場所、人物など)が認識できなくなる。

振り返ると、すべての認知症の症状の中で、母においては見当識障害(場所)が最も早く出てきた。
普通は、日時から分からなくなるらしいが、母は2016年までは日時は認識できていた。

脳の異変は、記憶障害が起こる何年も前から起こっているというが、母は若い時から方向音痴で、年々それがひどくなってきていた。
同じく2015年の7月に、父がヘルニアで入院したのだが、(小さい病院なのに)母は病院の中を一人で歩けず、地図も読めなかった。
だけど私たちは「母は方向音痴だ」と思っているので、この時点では大して気にとめなかったのである。
他人から見れば、それも症状の一つだとはっきり分かったのだろうが。

4.思考力の低下(デジカメの仕組みが分からなくなる)

店から家までの帰り道に母がこだわっていたのは、「ネガがない」ということだった。

デジカメには、フィルムやネガフィルムはない。SDカードに写真のデータを記録し、それをプリンターなどで出力する。
そして、母はその仕組みを過去には理解していた。

文中、母のセリフや思考に「現像」という単語を使っているのは、母がデジカメと旧フィルムカメラの仕組みをいつの間にか混同してしまっていたからだ。
デジカメは旧フィルムカメラと同じもので、フィルムやネガフィルムがあると思い込み、帰ってからSDカードを見せても納得できないようだった。以前は理解していたのに。

病院に連れていけなかったのか

この出来事を振り返るたびに、「このとき病院に連れていっていれば……」「いや、やっぱり連れていくことはできなかった」と思考が堂々巡りになってしまう。

病院に連れていけなかったのは、「父の反対」「本人の反対」があったからだ。

認知症の症状が出てきた親を、どうやって病院に連れていくかは、他の人にとっても課題の一つなのではないだろうか。

わが家ではまず、協力者であるはずの父が、2017年に母が認知症のために仕事を辞めさせられるまで、母を病院に連れていくことに対して頑なに反対していた。
しかも、本当にどうしようもなくなってから、ある日突然、私が出社中に母を病院に連れていき、アルツハイマーと診断を受けたが1年以上秘密にしていたくらいだ。

加えて、母本人が病院に行きたがらなかった。
健康診断と称して連れていこうとしてもだ。

私と父は手術経験があり、妹も胃潰瘍だのポリープだのやっているのだが、母だけはこれまで病気にかかったことが全くない。
本人もそれを自負しているし、今だって骨年齢は50代で体は健康だ。
次の記事に書くが、母は仕事で夜勤をしていて、それが認知症にかなり影響を与えたと私は思っている。
何度も何度も夜勤をやめてほしいと言ったが、健康に自信がある母は耳を傾けてくれなかった。

両親はどちらも人の言うことをまるで聞かないのだけど、せめて健康に関することだけは、子どもの言うことを聞いてほしいな……とあきらめがちに思う日々である。
(つづく)