日本の小中学生に英語を教えていたニュージーランド人男性、ケリー・サベジさん(27歳)が、日本の精神病院で10日間身体拘束された結果、心肺停止状態になって亡くなった、というニュースがネット上で話題になっている。
死因は、身体拘束されたことにより、血栓ができて心臓発作につながったものとみられている。
日本の精神病院でニュージーランド人男性が変死 母国でニュースに
ニュージーランド人男性の変死【続報】 大和市の精神病院が記録提出を拒否
ニュージーランドでは大きく報道されているのに、7月15日夜現在、日本の大手マスコミでは一切報道されていなかった。
身体拘束調査の時間単位は、外国では「時間」、日本では「月」
ここで、外国でも長期間の身体拘束を行うのかどうかを見てみる。
身体拘束1000日超の患者も|読売オンライン「ヨミドクター」によると、外国における身体拘束の平均継続時間は「米国カリフォルニア州4時間、米国ペンシルベニア州1.9時間、ドイツ9.6時間、フィンランド9.6時間、スイス48.7時間」である。
対して、日本では「回答病院で身体拘束を継続的に受ける患者(768人)の約67%が、調査時点で1か月以上の拘束を受けていた」。
また、この記事の他の調査では、「回答病院における身体拘束の平均継続時間は約100日」という結果が出ている。
外国調査の単位は「時間」だが、日本調査の単位は「月」だ。
例えばアメリカには、日本のような健康保険制度がなく医療費が高額なため、長期入院が金銭的に難しいなどの事情もあるだろう。
しかし、逆にいえば、外国では短時間の身体拘束で対応できているのだ、と言える。
平均で100日を超える身体拘束。はたしてそれは、医療なのか?
ヨーロッパの精神医療史
冒頭のケリーさんの母、マーサさんは「中世の映画の出来事のようでショックを受けています」「この拘束は、現代社会のできごとには思えず、ニュージーランドでは絶対に起こりえないこと」と述べている。
はたして、日本の精神医療は遅れているのだろうか?
この疑問に答えるべく、ヨーロッパと日本の精神医療史を、ざっと一覧できるようまとめた。
(私は専門家ではなく、この記事は、調べた結果を自分用にまとめたものなので、詳しくは参考文献やリンクから各自あたってください)
ヨーロッパの精神医療は、今でこそ進んでいるが、第二次世界大戦前までは実は日本とそれほど差異はなかった。
15~17世紀後半、魔女狩りの犠牲者の中には、明らかな精神病者も多数いた
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18世紀ごろ、産業革命によって、農村から都市に流入してきた人々の中には、浮浪者や泥棒のような「働かざる者」がいて、精神病者も一緒くたに、地下牢のような収容院に入れられていた
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19世紀、「働かざる者」の中に、精神病者(「早発性痴呆」、現統合失調症)がいることを発見。収容院から隔離施設に入れられた
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フランス革命時に、病者を人道的に扱うべきだという「道徳療法」が生まれる。
しかし、植民地支配時代には、精神病は脳の器質的な病であるため治療は無意味という医学観が主流になった
『近代的精神病院というものが誕生しても、それは治療・看護の意味での近代化ではなく、精神病者を選別・隔離し、管理する意味での近代化でした。精神病者は依然として、鎖に繋がれ、手枷、足枷で転がされていたのです。
(精神医療に葬られた人びと?潜入ルポ 社会的入院? (光文社新書)より引用)
こうした流れが大きく変わったのは、第二次世界大戦後である。
イギリスで、大戦中の空爆を避けるため、精神病院は、入院患者を一時的に解放した。
戻ってこないという予想に反し、大半が戻ってきたため、精神科医が「精神病院における鍵とは何か」を考える契機となった
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1948年 スコットランドのディングルトンが世界初の全開放制に踏み切った
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1954年 英国保健省が「今後10年間で10万床の精神病床を削減する」と発表し、それに見合うケア施設を地域に作ることを決定
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1960年 フランス厚生省が「地域精神医療分区制」の方針を打ち出した
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1971~1977年 イタリアのバザーリア氏が、県知事ザネッテイの後押しのもと、サンジョバンニ病院の患者1150人を、強制入院の法的規制を解き、町に移住させ、病院のスタッフを地域に移してケアにあたらせる形で、病院を閉鎖した
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1978年 イタリアで180号法案(公立精神病院への入院を禁止する法案)が公布
- 作者: 大熊一夫
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ヨーロッパでは、精神病者の地域移行化が順調に進んできたが、1970年代のアメリカでは、財政的理由から、ケア施設などの受け皿がないまま、州立病院から大量の患者を追い出した結果、彼らはホームレスになってしまった。
ようするに、地域で精神病者をケアするには、国の理解と財政的後押しが絶対に不可欠なのです。それはアメリカの失敗例を見れば明らかです。バザーリアが政治の地平で改革を行ったように、国に本腰を入れさせない限り、大きな改革は難しい。
(精神医療に葬られた人びと?潜入ルポ 社会的入院? (光文社新書)より引用)
一覧できるよう、ものすごく大雑把にヨーロッパの精神医療史をまとめたが、覚えてほしいのは2点である。
「ヨーロッパでも、第二次世界大戦前までは、精神病者を(治療ではなく)隔離・管理するために、精神病院が作られていた」
「しかし、戦後のヨーロッパでは、精神病院の開放化と、収容患者の地域移行化が進んだ。それは、国の理解と財政的後押しがあったから可能だった」
明治初期の日本には、精神病者が地域で治療を受けられる場があった
第二次世界対戦後、ヨーロッパは、精神病者が病院ではなく地域で治療を受けられるような改革を進めてきた。
実は、外国から近代精神医学が入ってくる前の、江戸時代後期から明治初期の日本には、既にそういった場があったのだ。
高尾山薬王院などの神社仏閣で、水治療や温泉療法などが行われていた。
その背景には、江戸時代の医学が中国医学に基づいていたため、精神病も"気"の乱れでできた隙間から憑き物などが入ってきて起こった、一時的な病と思われていたことがある。
だから、治る頃合いまで一定期間そこに留まり、家族だけではなく、治療を行う行者たちや地域の人たちが、病者を支えていた。
この後、日本だけが真逆の方向に迷走していくことを思うと、この事実は皮肉である。
日本の精神医療史(戦前)
さて、明治時代の日本は、欧米との不平等条約改定にあたり、精神病院の有無が文明化の証の一つとなると考えた。
そのため、先ほど述べたように、第二次世界大戦前にヨーロッパが取っていた「精神病者の隔離収容政策」を取り始めたのである。
1900(明治33)年 「精神病者監護法」の成立:
精神病院が不足していたため、精神病者の「私宅監置」(座敷牢への閉じ込め)について、監護責任者(主に肉親)に届け出を義務づけたもの。
つまり、本来は国が負うべき、精神病者の管理を、家庭に押しつけた法律。
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1916(大正5)年 入江事件・榊原事件(私宅監置されていた精神病者による殺人事件)により、それまではなかった「(地域で平和に暮らしている者も含めて)精神病者は危険な存在」という偏見が広まった
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1919(大正8)年 「精神病院法」の制定:
上記事件が引き金となり、「地方長官が特に入院を必要と認めた者」などが、精神病院に収容されるようになった。
また、公立精神病院の設置を命じるが、財政難のため、民間資本の私立病院増設に依存するようになってくる。
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精神病院の誕生に伴い、民間治療場の終息または管理化、民間療法の根絶
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1940(昭和15)年 「国民優生法」の制定:
精神病者に強制的に不妊手術を受けさせることによって、「悪質なる遺伝性疾患の素質を有する者」(精神病者のこと)の増加を絶つことが目的だった。
女性障害者 第3回「優生思想の過ちをただす」|NHK福祉ポータル「ハートネット」
流れとしては、明治初期の「精神病は一時的な病」という認識から、「精神病者は危険であり、監禁すべき存在」を経て、「精神病者を増やさないために去勢する」という地点にまで達したのが恐ろしい。
また、戦後から現在までに影響を及ぼす、「国が負うべき負担を家族に丸投げ」「(同じく)私立病院に丸投げ」「治療ではなく隔離・監視」という流れができていたことを押さえておきたい。
日本の精神医療史(戦後)
戦後のヨーロッパでは、精神病院の開放化と、収容患者の地域移行化が進んだが、日本はそうした潮流に全く逆行した道をたどった。
1950年代末から、社会治安の一環として、精神病者を精神病院に入れるというキャンペーンを国単位で行っていた
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1964(昭和39)年 ライシャワー事件:
ライシャワー大使が、19歳の統合失調症患者に刺された事件。のちに少年は自殺。
エドウィン・O・ライシャワー|Wikipedia
日本の精神医療に大きな影響を与えたライシャワー事件
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1965(昭和40)年 「精神衛生法」改正:
上記の事件を引き金に、「緊急措置入院制度」(自傷他害の恐れのある精神病者を、強制入院させることが可能)の新設。私宅監置の禁止。
これにより、家でカラオケをしていただけで通報され、以後何十年も精神病院に入院することになった人も存在するほど、精神病者を「本人の同意なく」(本人の同意が最優先されるようになるのは何と1988年)、簡単に入院させることが可能になった。
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国の低金利融資を受け、私立精神病院の建設ラッシュ
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1967(昭和42)年 WHOから日本政府に「クラーク勧告」がなされるが、無視:
患者の過剰収容による精神病院の利益追求が、大きな人権侵害につながるという内容
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1968(昭和43)年 栗岡病院事件:
院長と看護人が患者13人を角材で殴打、1人を死なせる
1968(昭和43)年 安田病院事件:
看護人が患者3人をバットで撲殺し隠蔽。数ヶ月後に、看護助手をさせられていた「患者」が、他の患者を撲殺して発覚
(以降、病院スタッフによる患者殺害事件が、数十件単位で多発しているが、代表的なもののみ記載)
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1975(昭和50)年 日本精神神経学会がロボトミー手術の廃止を宣言:
ロボトミーとは、高度な思考や感情を司る前頭葉を切断する手術。うつ病患者などに行われ、日本では1938年から始まった。多くが廃人化するなど、非常に問題ある手術だった。
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1984(昭和59)年 宇都宮病院事件:
国連人権委員会で討議され、日本政府に改善勧告が出されたほどの大事件。
事件発覚までの3年余で、院内死した患者は200余人以上に上る。
宇都宮病院事件:Wikipedia
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1988(昭和63)年 上記事件を受けて「精神保健法」改正:
ようやく「任意入院」(患者本人の同意と意思が最優先)が法定化。それまで強制入院しか法定されていなかった。
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1997(平成9)年 大和川病院事件:
入院患者の不審死が26件明らかになる
精神病院不祥事件が語る入院医療の背景と実態――大和川病院事件を通して考える
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2000(平成12)年 介護保険制度施行
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2001(平成12)年 朝倉病院事件:
人権無視の拘束、不必要なIVH(中心静脈栄養)注射、老人患者40名の不審死。
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2001(平成12)年 箕面ヶ丘病院事件:
10年間、違法拘束された患者は「ポチ」と呼ばれていた。
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2006(平成18)年 障害者自立支援法施行
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2009(平成21)年 貝塚中央病院にて精神科患者が拘束死:
【違法拘束】精神科患者死亡めぐり「貝塚中央病院」元看護師を逮捕|ケアマネタイムス
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2013(平成25)年 国連人権理事会が日本政府に警告:
精神障害者が、自らの意思に反して、長期間にわたって「社会的入院」されていることや、身体拘束・隔離が過剰に用いられていることを警告
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2014(平成26)年 障害者権利条約を日本が批准
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2015(平成27)年 石郷岡病院で、准看護師による患者の暴行死が発覚:
弟のこと。~その陽はまだ沈まない~(ご遺族のブログ)
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2016(平成28)年 相模原障害者施設殺傷事件:
知的障害者施設に、元職員の男が侵入し、19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた。
相模原障害者施設殺傷事件|Wikipedia
流れの一覧化を重視したため、ものすごく大雑把な説明になっている。
戦前からの、「精神病者は去勢してもいい対象(つまりは人権無視)」「治療ではなく隔離・監視」という流れのまま、
私立精神病院の乱立が進み、
「入院患者は固定資産」「精神医療は牧畜業」と公言するような、治療が抜け落ちた儲け主義のもと、
病院スタッフによる患者のリンチ死が、数十件単位で発生する(ついに表面化しなかった事件も多数あるだろう)、
という流れがあった。
同じ時代にヨーロッパでは、精神病者の病院から地域への移行化が着実に進んでいたのに。
これは昭和時代のことで、今は改善していると思う人もいるだろう。
もちろん、(後日紹介するが)昭和40年代のように、「不潔部屋」と病院スタッフが名づけた、糞尿まみれの部屋に放り込まれたりすることはない(しかもそれは二流の病院であり、最低ランクではなかったのだ)。
しかし、2013年になっても、国連人権理事会は日本政府に、精神障害者の数十年単位に及ぶ「社会的入院」や、過剰な身体拘束・隔離に対して、警告を出している。
厚労省の調査によると、精神病院で身体拘束を受けた患者数は、10年間で約2倍(2003年:5,109人→2014年:10,682名)に増えている。
はてなブログを何気なく読んでいても、身体拘束の(しかも問題ありと思われるような)体験記事はそこそこ目にする。
ちょっと病棟の集団生活のルールに違反しただけで、2日とか3日くらい鎮静させる点滴をされて、手と足の4点をベッドにくくり付けられてしまう。いわゆる身体拘束だ。
(精神科病棟で身体拘束をされてみてより)
さらに、2015年に病院職員に暴行を受けて亡くなった方の、ご遺族のブログを読むと、きっかけは「落ち込むことがあるため」精神科を受診したという、本当にささいなことなのに、大量の薬が出されて(5ヶ月で17種類)、それなのに診断名はあいまいで、突然身体拘束され、薬の副作用で薬剤性ジストニアになり、電気ショックで失禁するようになるなど、病院に関わったためどんどん状態が悪化していき、最後は病院職員による暴行のために亡くなってしまうのである(享年36歳)。
「日本の精神医療は遅れているのか?」
素人目には、「遅れている」と言わざるを得ない。
つづく
(続きの方が面白いんですが、書く気力が尽きているので、読みたい人はこの記事をシェアしてもらえると、励みになります~)
参考文献:
どちらも、Kindle Unlimited(読み放題)の対象になっています。
今年読んだ中で、最も面白い本でした。
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