ニャート

出版社を過労で退職→ひきこもり→非正規雇用を経て、社会のあり方について思うことを書いています。

叩かれて死にたくなったときのメモ(私信です)

ネットで知り合った方が、叩かれてお金もないので自殺したいと苦しんでおり、(何の役にも立たない気もしますが)死にたい気持ちを少しでもやわらげる方法を書いてみます。

ネットで叩かれて死にたくなったとき

私もかなり叩かれたり、個人的に粘着されたりすることがありますが、私が取っている対策や考え方は次になります。

  • 見ない
  • 偶然見つけてしまった場合も読まない
  • 多数派の意見が、自分にとって正しいとは限らない
  • ブロガーvs匿名の場合、ブロガーが圧倒的に不利
  • きつい言葉を使ってくる人は、語彙力が足りない
  • 「批判」と言って、誹謗中傷をしている人が多い
  • 気をそらして忘れる

見ない・偶然見つけてしまった場合も読まない

私は、はてなブックマークのコメントとかは、書いた記事に誤りがないか等のチェック目的以外にはほぼ見ません。エゴサーチもしません。
(だから、私に伝えたいことがある場合は、Twitterでリプライ投げてくださいませ。そうでないと気づかないので…)

本当に建設的な批判は、相手を傷つけない言葉で書かれています。それは、相手に伝えようとする意志が含まれているからです。
読んで傷つくのは、相手に伝えるという意志を放棄して、単なる個人の人格攻撃や誹謗中傷になっているケースがほとんどです。

それはコミュニケーションとしては無意味であり悩む時間がムダだと私は考えるので、読まない自由を選んでいます。

多数派の意見が、自分にとって正しいとは限らない

たとえば、書いた記事に批判的なコメントが、はてなブックマークで多くのスターを集めている(支持されている)ケースがあるとします。支持されているからといって、その意見が(自分にとって)正しいとは限りません。

たまに、はてなブックマークに同じ記事が2つ(原本と転載)上がるケースがありますが、全く同じ内容なのにトップのコメントは違います。つまり、どんなメンバーが集まって、どのようなコメントの流れがあったかで、かなり異なってきます。
これは普段の生活も同じで、自分がどのようなコミュニティに属しているか、どんな時代を生きているかで、多数派の意見は全く異なります。

だから、たとえば掲示板などで自分が圧倒的に叩かれたとしても、そこに集まっているのはどんなメンバーで、どのような流れがあったかを冷静に考える必要があります。掲示板での叩きの場合は、個人的に怨恨をもっている人が1人いて、その意見が増幅されているケースが多いです。

ブロガーvs匿名の場合、ブロガーが圧倒的に不利

ネット上の叩きでは情報を多く出してしまった方が負けなので、匿名は圧倒的に有利です。つまり、もとから勝ち目のない勝負をしています。そんな勝負につきあうのは時間のムダなので、「見ない」という防衛策をとっています。

きつい言葉を使ってくる人は、語彙力が足りない

きつい言葉を使った個人攻撃を見ると、語彙力が足りないと感じます。
たとえば「糞」という言葉、これはインパクトは強いけど、相手への嫌悪や攻撃性くらいしか表現できていません。批判の妥当性と語彙力は関連があるので、語彙力が足りない個人攻撃は読むだけムダなので読みません。

「批判」と言って、誹謗中傷をしている人が多い

「批判」であれば相手をフルボッコにしてよい、といった風潮があります。たとえば、ある主張への批判であれば、主張に対象を絞るべきなのに、たいていは主張した人の人格や背景まで叩いてきます。そうした「批判」は誹謗中傷になっているので読みません。

気をそらして忘れる

「見ない」のがベストですが、見てしまった場合は、他のことに気をそらして「考えない」ようにします。考えかけたときも、強引にちがうことを考えます。または、ちがうことを考える環境を強制的につくります。

私は何か忘れたいときは、カイロソフトのスマホ用SLGゲーム(600円)を買います。すると、3日くらいは頭が猿になるので、ゲームに飽きた頃にはたいていどうでもよくなっています。10冊以上のシリーズマンガとか連続ドラマもおすすめです。

生活保護が正当だと認識を改めてくれるような人に相談したい

お金がなくて困っている場合、生活保護をもらうことは全く恥ずかしくありません。

私はむしろ、「生活保護は正当な手段である」と認識を改めさせてくれるような誰かに、まずは相談すべきなのかと思いました。

それは誰? ちょっと思いつかないので、Twitterで募集してみます。
(生活保護のことはもっと調べて、恥ずかしくないと思えるような記事を書きたいです…)

「生活保護」は、働いていても、若くても、持ち家があっても、車があっても申請可能です : BIG ISSUE ONLINE

困ったときに使える最後のセーフティネット活用ガイド第3版

稲葉剛公式サイト » ネットから無料で入手可能!知っておきたい生活保護のしくみ

とりあえず小金が稼げそうな手段

お金がない問題は私自身が克服できていないのですが、ネット上で完結して、体力なくても小金をすぐ作れそうな手段をちょっと挙げてみます。

メルカリなどで手持ちの品を売る

メルカリではいろんなものが売れます。

「離婚届」や「トイレットペーパーの芯」も メルカリに出品されている意外なモノ (1/2) - ITmedia Mobile

「使いかけのコスメ」が大量出品 あなたの知らない「メルカリ」の世界(後編) (1/2) - ITmedia Mobile

なので、家にある不要なものをとりあえず出品してみるとか。

観光地とか寺社が多いところに住んでいるなら、御朱印帳とか、観光地に行かないと手に入らない何かの転売とか可能性ありますかね?(わからん)
たとえば、ディズニーランドでしか買えないグッズの購入代行とか、クラウドソーシングで求人していたりします。観光地に住んでいる場合、ココナラとかで個人的に募っても可能性はあるかも?
そうやって試行錯誤する過程で、何だか楽しくなってくるかもしれないですよ〜

メルカリ|限定御朱印帳の検索結果

1円ライター

あんまりおすすめできないけど、冒頭の知り合いの方に1円ライターを勧めている方がいたので、いちおう書きます(1円ライターについていつかは書こうと思っていて、この記事だけでは書き切れないのでさわりだけ)。

クラウドワークス、ランサーズなどのクラウドソーシングで、1字0.1円以下〜10円くらいで、原稿を書く仕事を受けます。(私はランサーズがメインなので、そちらに偏って書きます)

  • 「プロジェクト」と「タスク」がある
  • 「実績」がないと仕事が来ないので、最初の5件くらいがつらい
  • プロジェクトは継続ものが多く、テストライティングがある
  • 変なクライアントも多いので、できるだけ依頼実績件数が多い法人相手に仕事をする
  • ランサーズが運営しているアカウントから仕事をもらうのが、大きなハズレはない(ただし月末〆→翌月15日振込)
  • レギュレーションがガチガチなので、ブロガーにはつらいかも
  • 文章力は関係なく、とにかくスピードと量
  • 手数料が20%引かれる
  • クラウドワークスは「クイック出金」がある

最初の仕事をどう受けるかに絞って書きます。

ランサーズやクラウドワークスで受けるライターの仕事は、「プロジェクト」と「タスク」にわかれます。

  • プロジェクト:応募に対して「提案」を行い、復数の候補から選ばれる(=当選)必要がある。こちらをメインにしないと儲からない
  • タスク:単発で、「実績」がなくてもできるが安い。1字0.2円くらい? 単価が高い1件ものを狙うと、非承認で何ももらえないことすらある

プロジェクトで当選するには、「実績」(仕事を受けた件数)が必要です。
最初は当然ゼロなので、最初は単価が低いなど不人気な仕事を狙う必要が出てきます。
仕方がないので、提案〆切が近いのに応募者がいない仕事を検索して受けましょう。この場合も、できるだけ依頼実績件数が多い相手を探しましょう。
連休前とか月末とかに、〆切が3日後で原稿100本納品などの案件で、ライターを大量募集しているときがあるので狙い目ですが、月に1回くらいしかないです。

ランサーズが運営しているアカウントが複数あって、そこで募集している案件はクライアントとライターの間にランサーズが入っているので(実際に入っているのは、ランサーズで募集された進行管理の人だけど)、大きなハズレはないです(と思っていたけど、最近はレギュレーションと納期がどんどん厳しくなってきているかも)。
ただし、月内に何本書いても月末〆→翌月15日振込なので、即金がほしい場合はつらいです。

即金がほしい場合は、クラウドワークスの方がよいかもしれません。
手続きすれば、報酬確定から3営業日後に出金される「クイック出金」があり、私もまさに今、クイック出金目当てでやっている仕事があります。

(私信:もし興味があったらDMくださいませ)

さいごに

こうして書いてみると、さっぱり役に立たない文章で終わってしまい、ああああああああああって自らの無力さを感じます……。

「死にたい」という気持ちには波があります。気持ちのピークをやり過ごせば、「自ら苦しい思いをして死ぬことはない」と思えるかもしれません。練炭は、即死以外は結構苦しんで亡くなるという説もあります。

私自身のことを考えると、お金の問題が解決すれば「死にたい」という気持ちはかなり薄れるので、やはり生活保護をおすすめします。もし、生活保護を受けるのが恥ずかしいという気持ちがあるなら(全く恥ずかしくないのですが)、生活保護を受けて生き延びて、その後で同じように苦しんでいる人たちの力になるという生き方もあります。文中で、「生活保護が正当だ」と認識を改めさせてくれるような人は絶対に必要で尊い存在だと思いました。でも、具体的な人物が思いつかないんです。そうした人になるという生き方はいかがでしょうか。

おかしな文章ですが、ご自分の価値を今この瞬間で判断しないで、今はとりあえず生き延びてその後に何ができるかで考えてみませんか。まずは生活保護を受けて金銭的な苦しみから離れられれば、クリアな気持ちでいろんなことを考え直せると思います。「死にたい」という気持ちのピークを何とかやり過ごしていただきたいです……。

今なら「おっさんずラブ」が無料で(登録しなくても)見られるので、これを見て、全力で気をまぎらわせるのがおすすめですよ〜。笑えますよ〜。泣けますよ〜。

「おっさんずラブ」の検索結果 | 【AbemaTV】国内最大の無料インターネットテレビ局

稼げない「情報格差」|40歳働けない結婚できない私(4回目)

連載2・3回目は「自分の半生を振り返り、ダメだったポイントを分析する」ために学歴について振り返ったが、まだ自分の中で客観視できていないように感じた。

そのため、学歴と職歴の振り返りは一旦置き、今回から2〜3回分は「普通」のレールに乗ることをあきらめた今、自分が稼げない理由のひとつである「情報格差」「意識格差」などについて書いてみたい。

現状打開のヒントを含む情報にアクセスできない

私が陥っている「情報格差」とは、ネット情報のなかには、働けない稼げない私の現状を打開するヒントを含むものがあるのに、自発的に出合えていない状態のことだ。

テレビなどでは得られない情報を得るツールとして、SNSや知人などが挙げられる。

一般人のSNS利用率は2〜3割

一般人のSNS利用率はそれほど高くはない。

総務省「平成30年度情報通信白書」によると、2017年における個人でのインターネット利用率は80.9%。40〜49歳では96.8%。

同白書によると、SNSの利用率は、「積極的に発言+主に他人の発言を閲覧+他人の発言を閲覧のみ」を足すと、Twitter33.2%、Facebook31.0%、ブログ27.8%、掲示板20.0%など、約2〜3割。
この数字には高齢者層が含まれているので、実際には40代の利用率はもう少し高いだろうが、それでも5割はいかないだろう。

中高年ひきこもりのネットやSNSの利用率は低い

テレビのイメージ映像などでは、ひきこもりは「暗い部屋でネットをじっとみつめている」イメージで描かれがちだ。

だが実際は、内閣府「生活状況に関する調査(平成30年度)」によると、中高年でひきこもり状態にいる人は(同じ年代で)そうでない人よりも、ネットやSNSの利用率は低いという結果が出ている。

Webサイトの閲覧・書き込み:ひきこもり14.9% それ以外22.6%
SNSの閲覧・書き込み:ひきこもり10.6% それ以外13.2%

社会的つながりがないと情報を得るのが難しい

中高年ひきこもりのネット利用率が低いのは意外に思えるが、私(ひきこもり経験あり)自身のことを考えると納得できる。

ひきこもると、その時点で情報や価値観のアップデートが止まってしまいがちになる。

私はひきこもり期間に動画を作って投稿していたが、それは知人が動画ソフトや投稿者ネットワークの存在を教えてくれたからだ。まだYoutuber登場前の時代で、教えてもらわなかったら自分から出合うことはなかっただろう。

スマホが一般層にも普及し始めたのが2006〜2010年ごろ(iPhone登場は2008年)、Twitter(2006年開始)が一般層に爆発的に広がりだしたのは、おそらく2011年の震災以降だ。
そのため、2010年代より前にひきこもりを始めた場合、パソコンがあっても自主的にSNSを始めたりするのはハードルが高いように思える。

知り合いと情報交換できるなどの社会的つながりがないと、現状打開に役立つ情報に(何も知らない状態で)ネットで偶然に出合うのは難しい。(だから、SNSをやっているひきこもりの人は、それだけで社会復帰に近いところにいると思う。)

非正規雇用者には情報格差がある

社会的つながりがあっても、非正規雇用者は、社会が「普通」と想定している制度などから外れているため、情報格差や教育格差がある(教育格差については、後日別記事で取り上げる)。

在宅勤務など、柔軟な働き方についての情報が入ってこない

私が非正規雇用であったために、情報格差に陥っていた例をひとつ挙げる。

ひきこもり後にアルバイトなどを経て、派遣社員として外資系企業で働いたときのことだ。
在宅勤務をしている正社員に初めて出会い、強い衝撃を受けた。
業務はマニュアルの日英翻訳がメインで、それほどハードではない。家で働けて正社員の待遇を得ている。当時の私の理想形だった。

在宅勤務という制度自体はもちろん知っていた。
20代に働いた出版社(A社)では、制度はあったが使っている人を見たことがなかった。だから絵に描いた餅だとずっと思っていた。
つまり、在宅勤務についての私の意識は、20代で止まっていたのだ。

さらに今調べたら、近年A社の制度は進歩して使いやすくなっており、私が持病で苦しんだ当時にこの制度があったらどんなによかっただろうと絶望した。

私のように、働く過程で精神障害を発症すると、正規雇用からは外れてしまう。
結果、在宅勤務など、私のような人が助かる制度の対象外となり、制度の存在すら知らないまま、世の中の流れから取り残されてしまう。

自らを救う可能性がある情報にアクセスできない

非正規雇用でも在宅で働ける制度はある。
IT関係やライターなどの一部の職種がフリーランスや業務委託で家で働くのは一般的だが、一般事務のような職種でも、クラウドソーシング経由などで、家にいながら企業のアシスタントとして経理などの事務業務に携われる仕事はある。

(話がそれるので一言だけ、在宅勤務が魅力なのは正社員としての待遇を保持しつつ柔軟な働き方を享受できるからであって、非正規雇用では魅力半減になる)

ただ、これは一般的な40代のだれもが知っている情報ではないと思う。
もっというと、私がいま、低収入ながら家で自分のペースで働けるのはクラウドソーシングのおかげだが、「クラウドソーシング」もだれもが知っている知識ではない。

はてなブックマークを使っていれば、クラウドソーシングの知識は常識だろう。
しかし、リアルで会う人に職業を聞かれて、クラウドソーシングの説明を30人くらいにしたが、クラウドソーシングを知っている人はひとりもいなかった。この結果は、先ほどの統計でSNS利用率が2〜3割程度であることを思えばうなずける。

はてなブックマークとはてなブログをやっていたおかげで私が得た情報のなかで、現状を救うヒントになってくれそうなものは次になる。

  • クラウドソーシングで仕事がもらえる
  • ブログなどでアフィリエイトができる
  • noteで簡単に文章が売れる
  • Kindle(KDP)で自費出版できる
  • VTuberならおっさんでもロリ娘として配信できる
  • シェアハウス
  • ひきこもりやニートとして代表的な人の取り組み

上記の内容が「ネットで稼げる本」として1000円くらいで売っていたら、「知っていることばかりじゃん」と思うだろう。だが、私がはてなブックマークをやっていなかった場合、テレビや自発的な検索だけでは、上記の情報の一部にしか出合えていなかっただろう。

視聴者から10万単位で貢がれるライブ配信アプリの存在

この5年くらいで世の中が急速に進歩しつつある。私の情報意識は30代前半くらいで止まっており、ついていけていない。
そう強く思ったのは、あるライブ配信アプリ(あまりおすすめできないのでXとしておく)について知ったときだ。

ライブ配信アプリXでは、Youtubeで言うところの「スーパーチャット」(以下「投げ銭」)を月100万単位で稼いでいる配信者も珍しくない。

XとYoutubeとの違いは、Xでは投げ銭の金額を競うイベントを運営が高頻度で開催しているが、Youtubeはそうではない点だ。視聴者は、推しの配信者を勝たせたいために高額な金額を貢ぐことも稀ではない。つまり、AKB方式をライブ配信に導入したような仕組みだ。

視聴者から直接お金を受け取れる(何割か手数料は取られる)仕組みは、貧困に苦しむ就職氷河期世代の一部を救える可能性がある。しかし、次のような問題はある。

  • 他人から高額なお金をもらうことにどう向き合うか
  • 自らの不遇をコンテンツとする場合にどう向き合うか

(上記の問題は、次の記事「稼げない『意識格差』」で述べたい)

しかし、この問題に向き合う前に、そもそもライブ配信アプリXが存在するという情報自体を入手できないという問題がある。

私はXについて、1円ライターの仕事を通して知った。ふだんの私は、XやTikTok(これは稼げない)のような若い世代が使うアプリには全く興味がなく、自発的にXを知った可能性はほぼゼロだろう。

だが、10代〜20代の間では、Xはそこそこ知られているようだ。40代の私が情報の食わず嫌いをしている間に、若い世代は柔軟に情報を取り入れ、稼ぐ機会を増やしている。

まとめ

IT社会の進化により、就職氷河期世代の一人ひとりを救う可能性がある情報が発信されているのに、その情報自体にアクセスできない『情報格差』に(私は)陥っているため、下の世代との格差がますます進んでいく。

(言うまでもないと思いますが、下の世代を敵視しているのでは全くありません。次の記事は、この続きで「稼げない『意識格差』」になります)

40歳働けない結婚できない私(連載1回目) - ニャート

年収300万円を稼げない私|40歳働けない結婚できない私(2回目) - ニャート

学歴を「換金」できない|40歳働けない結婚できない私(3回目) - ニャート

学歴を「換金」できない|40歳働けない結婚できない私(3回目)

前回、「私の両親は、私を偏差値の高い大学に行かせるという『投資』をしたのに、私がレールから外れたために、それに見合う金銭的パフォーマンスを得られなかった」と書いた。
本格的に自分の学歴を振り返る前に、この現象が私個人の問題にとどまらないという視点から考えておきたい。

その前に、次が大前提であることをお断りしておく。

  • 学歴がなくても優秀な人は非常にたくさんいる
  • 仕事ができるかは、学歴に関係ない
  • 職業に貴賎はない

学歴を換金できないケース

大学・大学院進学という「投資」をしたのに、得た学歴に見合う金銭的パフォーマンスが得られないケースには、次が挙げられる。

  1. 文系大学院への進学(就職できない・研究者になれない・法科大学院など)
  2. 就職氷河期世代などの就職難
  3. 病気などでレール脱落後の再就職
  4. 出産や育児、介護によるキャリア中断後の再就職

つまり、企業が想定する「大卒で正規に雇用され、私的な理由での中断なく、1社でずっと働き続ける」という「普通」の働き方ができないと、学歴の換金は難しい。

大学院まで進んだのに生活苦で自殺

「文系大学院への進学」で、大きくニュースになった事例を挙げる。

WEB特集 九州大学 ある“研究者”の死を追って | NHKニュース

1972年生まれ、存命なら約47歳の、就職氷河期世代のKさん。九州大学大学院まで進んだにもかかわらず、研究者のポスト争いが激化するなか、Kさんは生活費の捻出のため研究に専念できず、博士論文を書き上げられなかった。
非常勤講師の仕事にやりがいを感じていたが、非常勤講師は非常に低年収で簡単に切られる。これはKさんが言ったとされる言葉である。

「学力や能力があっても、それ以上先に進もうと思ったときには、すべて経済的な力が必要になるので、能力を生かしきることはなかなか難しい」

これは、私も全く同じ状況だ。Kさんは研究に専念したくとも、そのためには当座の生活費を稼ぐ必要があり、そこに時間をとられて研究できない。そうした悪循環からいつまでも前に進めない。結果として、Kさんは自殺してしまう。


文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死:朝日新聞デジタル

高学歴ワーキングプア女性を自死から救えなかった社会保障制度の限界 | 生活保護のリアル みわよしこ | ダイヤモンド・オンライン

Nさんは、存命なら46歳(2016年に亡くなった時点で43歳)、こちらも就職氷河期世代である。日本学術振興会の特別研究員に採用されるほど優秀だったのに、研究職を得られずに自殺してしまった。

オーバースペック現象の、社会的なパフォーマンスの悪さ

「高学歴なのに低年収」という議論で必ず出てくるのが、「選ばなければ仕事はある」という意見である。だが、選んでいない(選べない)からこそ、低年収で生活苦なのだ。

私はむしろ、「学歴と仕事のミスマッチによって生じる、オーバースペック現象の、社会的なパフォーマンスの悪さ」という観点で話をしたい。

連載2回目の繰り返しになるが、たとえばレジ打ち(あくまでも例)の業務内容には、大学で得られる専門知識や大卒の資格は必要ない。そのため、高卒でも大卒でも同じ賃金となる。
しかし、就職氷河期世代は、高学歴でも正規雇用での就職が難しく、非正規雇用として、最低賃金で単純業務に携わっている人も多い。
つまり、学歴と仕事があっておらず、オーバースペック現象が生じている。

個人の視点では、「結局、非正規雇用で最低賃金しかもらえないのなら、大学に行くための費用や努力はムダだった」と思える。

社会的な視点からみると、次の点が問題だと思う。

  • 学歴を得るための努力と収入が比例しないと、個人の努力によって階層が上がることがなく、格差が広がり続ける
  • 国立大学は国の補助金をもらっており、国立大学を卒業しても非正規雇用にしか就けないなら、国として高等教育のコストパフォーマンスが低くなる

「高学歴なのに低年収」については、人生が順調な人はおそらく共感しにくいかもしれない。そういう方は、自分が子どもの高い教育費を頑張って捻出したのに、子どもが就職できずに非正規雇用になってしまった場合を考えてみると、もしかしたら共感できるかもしれない。

次回は、前回書いたように、『「受験勉強ができるという長所を伸ばしたのは間違いか」という視点から、(自らの)大学と就職を振り返る』か、もしくは、女性が高学歴を目指すことのパフォーマンスの悪さについて書こうと思う。

40歳働けない結婚できない私(連載1回目) - ニャート

年収300万円を稼げない私|40歳働けない結婚できない私(2回目) - ニャート

年収300万円を稼げない私|40歳働けない結婚できない私(2回目)

この連載では、40歳働けない結婚できない私が、前半で半生を振り返り自らのダメな点を分析して、後半で今後の生き方を考える。

  • 前半の前半:「働けない(=フルタイムで週40時間勤務できない)」点を振り返る
  • 前半の後半:「結婚できない」点を振り返る

ダメ=年収300万円を稼げない「私」

まず、前半の前半において、なぜ私が「働けない(=フルタイムで週40時間勤務できない)」かを振り返るにあたって、便宜的に次のように定義したい。

ダメ=年収300万円を稼げない「私」
(※あくまで「私」個人に限定した定義です)

この定義のポイントは、

  • 年収300万円は、もはや低年収ではなく、うらやましいレベル
  • 年収300万円を稼げなくても、心から幸せと感じられるにはどうしたら?

である。

フルタイム勤務と年収300万円に感じるコンプレックス

働くことについて、私が感じているコンプレックスポイントは、大きく次の2つになる。

  • パニック障害のため、フルタイムで週40時間働く体力をどうしても出せないという結論に、40代にして至った
  • 年収300万円に届かない

「働く」については、次のような考えもあるだろう。

・「働く=フルタイムで週40時間勤務」と考えるから自己評価が低くなる、「働く」をもっと自由に定義したら?

これについては、私も実際そうだと思うのだが、心の中で次のポイントをクリアできない。

労働時間が少ない
→時給が低く、社会保障が手薄な仕事がメイン
→一人で生きていけるだけのお金を稼げない

少ない労働時間でお金を稼ぐには、時給を上げる必要がある。
しかし、40代で精神疾患を抱えた無能な身では、将来的にそのような希望が全く見えない。
(この連載で、どうしたら収入を上げられるかは考えていく)

年収300万円は、もはやうらやましい

年金2000万円問題が話題になっていたが、老後を考えると年収300万円では全然足りない。
2003年に、森永卓郎氏が「年収300万円時代を生き抜く経済学」を出版したとき、世間は「年収300万円なんて低すぎる。そんな時代が来るわけない」という風潮だったように記憶している。
だが、あれから16年、私にとって年収300万円は、もはやうらやましいレベルだ。

国税庁「平成29年分民間給与実態統計調査」によると、給与平均は次のようになっている。

給与平均:432万2千円
男性平均:531万5千円
女性平均:287万0千円

男性正規:547万5千円
男性非正規:229万4千円

女性正規:376万6千円
女性非正規:150万8千円

男性非正規平均・女性平均・女性非正規平均は100〜200万円台、女性正規平均でも年収300万円台である。森永氏の予言は当たった。

こうした統計では、「(夫の収入がある)主婦のパートも含まれているから低くなる」と主張する人がいるが、本当に問題なのは、

  • 夫がいない非正規女性も、夫の収入で暮らせる主婦と同じレベルの給料しかもらえない
  • 「男性より女性の方が恵まれている」と主張する人は、その点をスルーしがち

な点だと思う。

年収200万円台では、缶コーヒーも躊躇して買えない

私の職歴は、連載1回目にざっくり書いた。パニック障害になってから、実際に0〜200万円台の年収で何年か生きてみたが、私の体感としては、次のように感じる。

  • 年収200万円台後半:地方*で一人暮らしできる
  • 年収200万円台前半:地方で一人暮らしするためには、かなりの節制が必要
  • 年収100万円台以下:一人暮らしは難しい

※地方:あくまで私が暮らしている地方

はてな匿名ダイアリーで「缶コーヒー買うのに躊躇するってどんな年収?」が話題になったが、年収200万円台前半で地方で一人暮らしするなら、気軽に缶コーヒーなど買えない。水筒(またはペットボトル)に水を入れて、勤務時にそれを飲む。

缶コーヒーひとつ買うのに躊躇する身から見れば、もはや年収300万円台さえうらやましいのだ。

なぜ私は、年収300万円を稼げないのか

私が年収300万円を稼げない理由として、次が考えられる。

  • 能力がない
  • 仕事がない

能力がない

「能力がない」だが、私は非常にバランスの悪い人間だ。できることは少なく、できないことは全くできず、ほどよくできることがあまりない。

得意なこと

  • (18歳時点で)受験勉強
  • (人と比べてではなく、あくまで自分の中での相対評価で)文章を書くこと
  • 調べもの

得意ではないが、何とかできること

  • マヌケな声なので、愛嬌を出せば、かろうじて人と接することができる

苦手なこと

  • 体力と気力がない
  • 地頭が悪い
  • 運動ができない
  • 整理整頓(年を重ねたらかなり改善された)
  • マルチタスク
  • タスクをためがち
  • 人との距離感が読めない
  • コミュニケーション能力
  • 3日くらい燃え上がってすぐ冷める
  • 物事を続けられない
  • 思考が極端で、柔軟性がない
  • プライドがむだに高い(ブログを始めたら多少改善された)

苦手なことはまだまだあるが、この辺でやめておく。

これを見て、「発達障害では?」と思う方もいるのではないだろうか。正直、私もそう思うのだが、現時点では診断を受けたことがない。パニック障害が発達障害の二次障害という可能性もあるらしいが、医師から指摘されたことはない。診断を受けるべきなのだが、「きっとグレーだよ(希望的観測)」くらいで思考が止まっている。

連載1回目で「私は努力をしなかったのではなく、努力の方向性が間違っていたのだ」と書いた。
では、どの方向に努力をすればよかったのだろうか。方向性としては、次が挙げられる。

  • 長所を伸ばす
  • 短所を人並みレベルにする
  • 短所が改善できないなら、カバーする方法を考える

次回以降考えていくが、私は長所を伸ばす努力(受験勉強)はした。
地頭は悪いのに、受験勉強によって偏差値の高い大学(一橋大学)に入った。
自分が優秀だと誤認したまま就職して、働きすぎて体を壊した。

努力はしたが、ただガムシャラに突っ走っただけで、努力の方向や量を戦略的に考えることができなかった。
本当に必要だったのは、次の観点ではないか。

  • 自分の適正を見きわめる
  • 働くうえでは、長所を基準にするのではなく、短所をフォローできる職種や職場を選ぶ
  • 長所をお金に変える戦略を考える

仕事がない

長くなったが、「なぜ、年収300万円を稼げないのか」の2つ目の理由である「仕事がない」について考える。

「仕事がない」を詳しくいうと、

・パニック障害の40代が、年収300万円を稼げるような仕事が少ない

になる。分解してみる。

  • パニック障害
  • 40代

パニック障害が私に与えたもののなかで、致命傷は次になる。

  • 体力と気力がなくなった
  • 寛解していても、ほんの少し頑張ると症状がおこる

連載1回目に書いた職歴において、2度目の再発以降は、私としてはかなり頑張ったのだが、結局は「週40時間勤務」を年単位で続けることができなかった、という結論になる。

しかし、もし私が正規雇用だったなら、フレックスや在宅勤務など柔軟な勤務制度を利用できて、仕事が続けられたかもしれない。

就職氷河期世代が享受できなかったもの

40代はいわゆる「就職氷河期世代」だが、この連載では、私は自分の不遇は100%自分のせいにしたい。その方が、読む人はストレスなく読めるから。ただ、就職氷河期世代の人が享受できなかったものは挙げておきたい。

  • 新卒時の正規雇用
  • 転職時の正規雇用
  • (非正規雇用になった結果)正当な待遇と社会保障
  • (非正規雇用になった結果)学歴の金銭的評価
  • (非正規雇用になった結果)在宅勤務などの、柔軟な働き方

非正規雇用は、勤務時間がガチガチに決まっており、フレックスなどの柔軟な勤務制度の対象になっていない。派遣会社は「派遣は自由に働ける」と広告を打つが、正規雇用の方がずっと(時間的に)自由な働き方ができる。

「学歴の金銭的評価」とは何かというと、たとえば、レジ打ちの業務内容には、大卒の資格は必要ない。そのため、高卒でも大卒でも同じ賃金となる。
しかし、就職氷河期世代は、大学院を出るくらい能力が高くても就職できず、レジ打ちをしている人もいる。
つまり、オーバースペックであり、大学院という学歴が金銭に結びついていない。

私は無能だが、

「私の両親は、私を偏差値の高い大学に行かせるという『投資』をしたのに、私がレールから外れたために、それに見合う金銭的パフォーマンスを得られなかった」

という点については、私個人の問題にとどまらず、社会的な構造にも問題があるように思う。

レールから外れても学歴の価値は変わらないはずだが、学歴は新卒採用時の一瞬しか効力がない(レールから外れた場合)のが私の体感である。
現在、子どもの教育費の負担が大きいのに、それに見合う金銭的パフォーマンスが得られるかどうか分からない、という問題もあり、大学教育を考えるうえで一般性のある観点といってもよいのではないだろうか。

↓次回は、「受験勉強ができるという長所を伸ばしたのは間違いか」という視点から、大学と就職を振り返る。

学歴を「換金」できない|40歳働けない結婚できない私(3回目) - ニャート

40歳働けない結婚できない私(連載1回目) - ニャート

40歳働けない結婚できない私(連載1回目)

今後の生き方を考えていて、「最後はたぶん自殺するんだろうな」と当たり前に思っている自分に気づいた。

ふだん、お金がない以外はそれほど不満もなく(お金が最大最凶の不安要因だが)、ささやかな幸せを感じることも多い。それなのに、将来予想からは常に自殺が離れず、何かの拍子に苦しさが高まると「死にたい」と瞬間的に強く強く思ってしまうのをどうにかしたい。

私には次のような属性がある。

  • 独身子なし(離婚歴あり)
  • 自称1円ライター
  • 貯金なし
  • 恋人なし(永遠に)
  • パニック障害(寛解中)
  • 父と認知症の母と暮らす

この属性を見ると、たぶん一部の容赦ない人は「生きてる価値ないし、死にたくなって当然」と思うだろう。

しかし、その「一部の容赦ない人」は私が勝手に想定している世間体であり、実際には存在しない。仮に存在しても無視すればよい。
私が自殺しないで生きていくためには、身の丈にあった自尊心を取り戻す必要がある。

そのために、「40歳働けない結婚できない私」というタイトルで、しばらく自分を振り返りたい。


女性の生き方は、おそらく実際には、男性よりもずっとバラエティ豊かなのだと思う。しかし、ロールモデルとして取り上げられるのは次の3択だ。

  • 結婚している人
  • (結婚していなければ)キャリアを築いている人
  • どちらももっている人

結婚もせずキャリアもない女性が、40歳以降どう生きたらいいのかについては、参考例はほとんどないように思う。
そのため、確固たる仕事も配偶者もないなかで、何を「幸せ」と定義するかについて考える必要がある。


タイトルの「働けない*」というのは、正確には「フルタイムで週40時間勤務できない」という意味だ。(*これは私個人の振り返りに限定した定義です)

私には、次のような経緯がある(フェイクあり)。

  • 大学卒業後、出版社に勤務
       〜 パニック障害になる 〜
  • 1度寛解するが再発し、8年目に退職
  • その後寛解し、別の出版社で2年ほど勤務
  • 結婚。子どもを産みたくなり、その前に職種を変えて手に職をつけようとする
  • 派遣で働きながら、司法書士の取得をめざす
       〜 2度目の再発 〜
  • 結果として離婚し、実家に帰ってひきこもりに
  • 今度は着実に、1日4時間×週3日ほどのバイトで社会復帰をめざす
  • 個人経営の会社で、1日6時間×週4日ほどのパート
  • ちがう個人経営の会社で、フルタイムの契約社員
  • フルタイムの派遣社員で、日英翻訳を3年ほど
       〜 3度目の再発(徐々に) 〜
  • クラウドソーシングで大量募集される1円ライターで生計を立てる(ニャートとは別名義)。しだいに寛解

自分の経歴を振り返ると愚かであり、公開するのが恥ずかしい。大事なポイントで何度も選択を間違っているからだ。

しかし、最後の砦として「(どんな雇用形態でも)会社に勤務しフルタイムで働く」ことは死守できるよう、ひきこもり以降もそのラインを目指して頑張ってはきた。
だが、自分が「働けない」人間なのだとようやく認識してからは、その頑張りも虚しく思える。

私は努力をしなかったのではなく、努力の方向性が間違っていたのだ。
では、どの方向に努力をすればよかったのだろうか。

この連載の前半では、自分の半生を振り返り、ダメだったポイントを分析する。
後半では、これからどうやって生きていったらよいのかを考える。

その過程で、等身大の自分を認められるようになり、方向性が間違っていたり過剰だったりせず、身の丈にあった努力をできるようになりたい。

※なお、身バレ防止のため、内容には基本的にフェイクが入っています(年齢も40ぴったりではないです)。

年収300万円を稼げない私|40歳働けない結婚できない私(2回目) - ニャート


近況:
ひきこもりシェアハウスでお墓参り代行|ひきこもりの働き方2 - ニャート」で書いたひきこもり支援ですが、実はいま、実名でひきこもりの就労サポートに携わっています。
しばらく、実名での活動と「ニャート」名義での活動は分けて行います。

あと、「子どもがひきこもりなら、親が殺してもよいという風潮が怖い - ニャート」にあった「ひきこもりに対して、マスコミはどのような報道をするのが望ましいか」は、この連載中に別途書く予定です。

今週は久々に時間があるので、この連載を進めたいです。

子どもがひきこもりなら、親が殺してもよいという風潮が怖い

元事務次官がひきこもりの長男を殺害した事件で、容疑者の供述が出てきている。

長男が事件直前、運動会中の児童らについて「ぶっ殺す」と発言していた

川崎市で児童ら20人が殺傷された事件に触れ、「長男が危害を加えてはいけないと思った」との内容の説明をしている

「児童ぶっ殺す」と長男 元次官、川崎殺傷よぎり殺害か:朝日新聞デジタル

私が怖いのは、「長男が本当に「ぶっ殺す」と言ったのか、この供述を疑う人がだれもいない」点だ。

殺された長男が実はこうした発言をしておらず、親である容疑者が「川崎の事件が起こった今なら、同情してもらえるから殺害しよう」と思った可能性があるのに。


さらに、殺された長男の熊澤さんはひきこもりと報道され、両親とずっと暮らしていたように思われているが、実際には、実家に帰ってきたのは事件の約1週間前だ。

長男は高校に進学しましたが、その後、両親とは別々に都内の別の場所で暮らしていたということです。
長男が、ふたたび練馬区の住宅で両親と暮らすようになったのは、事件のおよそ1週間前となる、先月下旬。
突然、電話で「実家に帰りたい」と言ってきたということです。
その理由はわかっていませんが、捜査関係者によりますと、当時住んでいた都内の別の場所でごみの出し方などをめぐって近所の住民とトラブルになっていたということです。

暴力は中学から「身の危険」供述|NHK 首都圏のニュース

私が恐ろしいと思ったのは、この記述だ。

刺し傷が10か所以上で、腹や胸に集中していることから、かなりの覚悟を持っての犯行のようだ

引きこもり長男を10か所以上、刺す 元事務次官「川崎のような事件を起こしたら…」と供述〈週刊朝日〉(AERA dot.) - Yahoo!ニュース

高校を卒業してからずっと別々に暮らしており、実際に暮らしたのは1週間ほど。
中学時代に家庭内暴力があり、一人暮らしのための生活費を(おそらく)出していただろうから、精神的負担は大きかっただろう。

それでも、1週間しか暮らしていないのに10ヶ所以上刺し殺しているのだから、犯行への覚悟というより、「お荷物だから殺したい」という強い憎悪を感じる。


引用した「かなりの覚悟を持っての犯行」は、捜査関係者の発言だ。
この「覚悟」を賞賛している人たちがいる。

無職の息子を殺害した元事務次官父は親としての責任を果たしたのか - Togetter

いや農水省元事務次官に対しては「良くやった」以外ないでしょ。 家庭内暴..

わざわざリンクを貼るまでもなく、こうした賞賛は無数にある。
「製造者(物)責任」という製造業で使われる単語を用いて、社会に適合できていない子どもを親が「責任をもって」殺害することを良しとする人たちがいる。

繰り返すが、殺された長男の熊澤さんが、小学校の運動会がうるさいからぶっ殺すと言った確証はない。
もし言ったとしても、文句を言うのと実際に行動を起こすのとでは、相当な開きがある。

長男の熊澤さんはオンラインゲーム上の有名人だったため、twitterでの少々問題ある発言を紹介され、「こんな人なら殺されて当然」と思われるように世論が誘導されている。

しかし、多少問題ある人物だったとしても、私が見た感じ、父親の名前を自慢しているところに可愛げ(幼さ)を感じる。父親を頼りにしていたんだろうなと。
父親に問題を解決してもらうなど小心者なところがあって、小学校での無差別殺人を起こすような度胸(よい意味ではない)があるようには思えない。
頼りにしていた父親に10ヶ所以上も刺されて殺されるとは、絶望感はいかほどだったろうか。

川崎無差別殺傷事件とこの事件を契機に、「製造者責任」の名のもと、ひきこもりや精神障害など、何らかの問題を抱えた子どもを親が殺すことを「許容」むしろ「賞賛」する風潮に、スイッチが切り替わったように思えて怖い。

今までもそうした傾向はあったが、マスコミやネット上で、一斉にこうした(いわば)「キャンペーン」が実施されたのは初めてのように思う。

特に、マスコミの報道は、ひきこもりなどの子どもを持つ親に対して、マスコミだから調査可能な解決法の提示を与えず、ただいたずらに煽るだけだ。
実際、川崎の事件に影響されて、この事件が起こったのだから。

「社会のお荷物は一人で死ね」という発想は、少子高齢化と日本経済の斜陽化が背景にある。
少子高齢化のため、若者は足りないが、40代以上は大量に「余っている」。
日本は高齢者の介護問題を抱えており、社会福祉費を出せるだけの余裕が既にないことから、「社会のお荷物になる高齢者や、傷病者(長谷川豊氏の炎上の件など)は早く死ね」という土壌が徐々にできてきたように思う。

今回、「お荷物」の範囲が、介護や治療などで社会福祉を圧迫する層から、社会福祉を圧迫するのではないかと「根拠なく予想される」層へと一気に広がった感がある。

こうした考え方の延長にあるのは、2016年に植松氏が起こした相模原障害者施設殺傷事件だ。さらに進むと、「ユダヤ人は人種的に劣っている」と主張したナチスにつながる。

40代以上が問題とされるのは、いったんレールを外れると再起が難しい日本では、40代から新しい人生が開ける可能性を、だれもが信じられないからだ。
もし、ひきこもりからの就労がたやすい日本なら、長男の熊澤氏も殺されることはなかったのではないか。

(それでは、マスコミはどういった報道をするのが望ましいのかは、長くなるのでまた次回)

ひきこもりを殺さないで - ニャート

ひきこもりを殺さないで

「ひきこもりが再び働き始めた朝に」で書いたように、私は過労でパニック障害になり、退社後はひきこもりになった。

働いていたときの貯金から生活費を出していたので、金銭的には親の負担になっていないはずだが、心理的には大きな負担を与えていたと思う。

パニック障害は、呼吸困難などとともに「このまま死ぬのでは」と強い不安を覚える発作が起こる。そのため、一時期は全く外に出られなかった。

人生に絶望した私はCG動画製作に没頭し、昼も夜もモニタを見続ける生活を送る。
飽きっぽい私が、そこまで何かにはまったのはこの時期だけだ。
いま振り返れば、挫折した(と思い込んだ)人生をCG製作で取り返したいという代償行動だったのかもしれない。

家族から見れば、そんな私はさぞかし異常に映ったことだろう。
批判されて、夜中に隠れてパソコンを立ち上げるようになった。

ある日もそうして、暗闇にほの暗く光るモニタの中で踊る人形を見つめていると、突然ふすまが開く。
父が土下座をしていた。
「頼むから、もうパソコンをやめてくれ。怖くても、向き合わないと病気は治らない。人生を投げるなよ……」
父は嗚咽していた。

これを機に、私は動画製作を封印し、パニック障害を克服するために努力する。
そして、短期のアルバイトから始めて、派遣などの非正規雇用を転々としているが、7年ほど働き続けている*。


その後、母が認知症になった。
以前から母は「もし痴呆症になったら自殺する」といっていたので、本人には内緒にしている。

父も私も、母が認知症になったことを受けとめるのに少し時間がかかった。
母がアルツハイマー病と診断されたことを父は1年ほど隠し、私と妹に打ち明けてからも、要介護認定の申請に反対した(最終的には申請した)。

それまで受診していた病院に不安な点があったので、私がよい病院を探して変えた。
その病院では毎回、「最近、印象に残ったニュースは何ですか」などの質問をしてくれる。
母は突然質問されると(覚えていないから)答えられないので、父が出そうな質問の答えを直前に教えている。
認知症の進行判定を妨げるので、その件で私と父は何度も争ったが、あることに気づいてからは父に任せている。

初めは、父自身がショックで受けとめられないのだと思っていた。
でも、ちがう。父はいつでも、母がどう思うかを考えているのだ。

質問に答えられないと、母が「恥ずかしい」と気にするから、答えを教える。
ヘルパーさんが家に入ったり、デイケアに行ったりすると、母が「私は痴呆症なの?」と気づいてしまうから、要介護認定を申請してもサービスを使わない。

父本人が「恥ずかしい」のではなく、母が「恥ずかしい」と感じてしまわないように配慮している。


元事務次官の父親がひきこもりの息子を殺害した事件で、父親が「川崎の事件を見て、息子も周りに危害を加えるかもしれないと思った」と供述しているニュースを見た。

まるで自分のことのように思えた。
殺された息子と私と、どれだけ差があったというのか。
そして、父は泣き崩れたあのときも、私を信じてくれていたことに気づいた。

父の外見は松方弘樹に似て正直怖く、「めんどり(女性)がトップになったら組織は滅ぶ」「毛唐(外国人)は出て行け」など暴言の塊なのだが、意外にも行動はやさしい。

あの夜、私との軋轢が最も高まったときでさえ、父がとった行動は泣き崩れることだったのだから。

父が、ひきこもった私を「恥ずかしい」と思うタイプの親だったら、殺されていてもおかしくなかった。
でも、父は私に手を出さずに、自身が泣き崩れた。

もし父が私を殺していたら、いま母の介護をしている私はいない。
介護している(役に立っている)から、働いているから、私が生きていても許されるといいたいのではない。
ひきこもり問題に限らず、人は相手を、今この瞬間だけで「この人は終わった」「恥ずかしい」と断じるのではなく、「まだ人生は続く」「ここから変わる可能性がある」と信じる必要があるのではないか。

父は、認知症の母のことも信じているのだ。
認知症は治らないが、ケアの仕方で進行はかなり遅くなると私は実感している。

母は1分前のことも覚えていないが、「何時何分に何をした」とこまめにメモを重ねていけば、メモが記憶代わりになって記憶があるかのように行動することができる(覚えてはいない)。

家にいたきりでは、脳が刺激されずにどんどん進行していく。
脳を刺激するために、私は毎日母と公園を散歩して、朗読ボランティアなど集まりの場にも一緒に参加している。
アクセントなどを指摘されても覚えていないが、読む直前に私が教えればよい。
実際、「まだこんなに上手に読めるんだ」と感動することも多いのだ。

認知症だけど、周りがサポートすれば、その人のペースで活動できる。
おそらく、ひきこもりも同じだ。

だけど、周りにサポートする手間をかけさせるくらいなら、親子間でさえも「一人で死ね」と断じるのがいまの日本のように思える。

ひきこもりになった私を受けとめられずに迷った父。
だけど、私の未来を信じると決断してくれた父。
私を殺さないで、信じてくれて、ありがとう。

子どもがひきこもりなら、親が殺してもよいという風潮が怖い - ニャート

*これは「りっすんブログコンテスト2019」への応募コラムです。そのため、意見の主張にまでは至っていません。 私自身は就労によって問題が半分解決しましたが、ひきこもりの解決策が就労とは思っていません。また、親が動画製作を否定せずに外部とつなげるきっかけにするという考え方もあったと思います。まとめて後日に書きます。

#「迷い」と「決断」

りっすん×はてなブログ特別お題キャンペーン〜りっすんブログコンテスト2019「迷い」と「決断」〜 Sponsored by イーアイデム