ニャート

旧「一橋を出てニートになりました」。出版社を過労で退職→引きこもり→派遣社員を経て、働き方や社会のあり方について思うことを書いています。

世界初の「聖書ラノベ」新人賞・宗教不問|おやっさん、なんでワシを見捨てたんじゃあ!

聖書×ライトノベル。

キリスト新聞社が、世界初のキリスト教ライトノベルレーベル創刊につき、新人賞を開催している。

聖書 × トークメーカー ライトノベル新人賞

キリスト新聞社「イエスぱねえ マジ神すぎてワロタww」

この「キリスト新聞社」とは、どんな会社なのか。

週刊「キリスト新聞」の編集長・松谷信司氏は、2016年10月に青山学院大学で行った「イエスぱねえ マジ神すぎてワロタww」講演で話題になった。

イエスのどんなところが「ぱねえ」のか?

「聖書に記された言動が神すぎて、人々による口コミが2000年以上拡散され続けているところ」

(引用:キリスト教徒の謎説教「イエスぱねえ マジ神すぎてワロタww」が話題 どんな内容になるのか聞いてみた)

最近始まったドラマ「カインとアベル」や、アニメ「ドラえもん」で水を割る秘密道具の名は「モーゼステッキ」であること、お笑い芸人がダンスをしながら歌うことで話題になった「Perfect Human」には、「大地パッカーン海もパッカーン 気取ってるモーゼとかいうやつもパッカーン」といった歌詞が含まれていることを話題に挙げた。信徒の数が1パーセント未満とされる日本で、聖書の人物やストーリーがこのように日常的に使われていることは、他の国では類を見ない現象だと松谷氏は言う。

(引用:「イエスぱねえ マジネ申すぎてワロタww」松谷信司氏、青学でメッセージ)

松谷氏にかかると、

聖書の「何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです」の訳が、

「とりまみんなのハートをキャッチするためです。イエスのぱねぇ感を拡散するためなら、どんな無理ゲーでもします。神対応をシェアする者となるためです」

(引用:「イエスぱねえ マジネ申すぎてワロタww」松谷信司氏、青学でメッセージ)

になる。

また、新聞の発行だけではなく、

  • バイブルハンター(「神ゲー」カードゲーム)
  • 最後の晩餐(聖書版「人狼」)
  • バイブルリーグ(聖書×野球×ボードゲーム)
  • モーセの海割り(スマホアプリ)
  • ピューリたん(4コママンガ) ※人狼=村人に化けた狼と思われる人物を一人ずつ処刑していくカードゲーム

のマルチ展開もしている。

聖書カードゲーム バイブルハンター (聖書コレクション)

聖書カードゲーム バイブルハンター (聖書コレクション)

ユニークな会社だが、実はキリスト新聞社は、社会運動家の賀川豊彦氏らが1946年に立ち上げた由緒ある専門系出版社だ。

賀川豊彦氏は、大正時代に空前絶後の100万部越えベストセラー「死線を越えて」(氏が神戸のスラム街で貧しい人々と過ごした経験をもとに書かれた大作)を書き、日本人で初めてノーベル文学賞と平和賞の候補になった人である。

キリスト新聞社

おやっさん、おやっさん、なんでワシを見捨てたんじゃあ!

さて、この新人賞の選評委員の1人、架神恭介氏の「仁義なきキリスト教史 (ちくま文庫)」にかかると、イエスが死の間際につぶやいた

「神よ、神よ、なぜ私を見捨てたのですか」が、

「おやっさん、おやっさん、なんでワシを見捨てたんじゃあ!」になる。

イエスの活動、十字軍、宗教改革……。
キリスト教二千年の歴史が果てなきやくざ抗争史として蘇る!

「あいつら、言うてみりゃ人の罪でメシ食うとるんで」

第1章 やくざイエス
第2章 やくざイエスの死
第3章 初期やくざ教会
第4章 パウロ--極道の伝道師たち
第5章 ローマ帝国に忍び寄るやくざの影
第6章 実録・叙任権やくざ闘争
第7章 第四回十字軍
第8章 極道ルターの宗教改革
終章 インタビュー・ウィズ・やくざ

(引用:仁義なきキリスト教史 (ちくま文庫)より)

仁義なきキリスト教史 (ちくま文庫)

仁義なきキリスト教史 (ちくま文庫)

むちゃむちゃ懐が深そうなので、きっとどんな応募作を送りつけても大丈夫だろう。

キリスト教の「教養」としての需要

私はクリスチャンではないけど、実はこれに応募するかもしれない。

先述の松谷氏も言っていたように、「おはなし」としてのキリスト教は、日本でも関心が高い。
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)」は、30万部も売れたそうだ。
聖☆おにいさん(1) (モーニングコミックス)」だって、むちゃくちゃ売れている。

「キリスト教を信じる気には全くなれないが、世界三大宗教の一つなのだから、教養・雑学として知っておきたい」という人たちは、潜在的にはかなりいると思われる。

聖書ラノベだが、たぶんクリスチャンじゃない人の方が面白い作品が書けると思う。

非クリスチャンが思う「キリスト教って、なんで世界の人たちに信じられてるの? どこが魅力なの?」「キリスト教は何の役に立つの?」という素朴な疑問に、何らかの冷静な答えを用意する必要があると思うからだ。

プラス大事なのは、上馬キリスト教会のtwitterのような、「ライト感」「役に立つ(立たない)豆知識感」だろう。

だからこれから、キリスト教についての調べごとをした記事が増えるかもしれないけど、できるだけ面白く書くので、生暖かい目で見守っててくださいにゃ~。

(※このブログでは、キリスト教を勧めることはありません。そもそも、私は宗教を信じていません)

あと、これ↓なんですけど、ちょっと準備中なので、しばらくお待ちくださいにゃ~

派遣をやめて、自分が生きやすいルールのゲームをプレイする

去年、ブログのこれから、私のこれからで、やりたいことがあるので今年の3月末で派遣社員をやめると書いた。

その後、母の物忘れがひどくなり、一旦見送った。

半年ほど様子を見ていたが、母の症状は良くなってきており(脳梗塞による一時的な症状だったのかもしれない)、逆に「母の物忘れが本格化する前に、自分がこれからどう生きるか確立する必要がある」と思い、9月末で派遣をやめることにした。

8月はじめに、家族と派遣元に話をした(派遣先の返事待ち)。

精神疾患でレールを外れたあと

さて、「精神疾患は気のせいで、精神障害者は国の足を引っ張っているから、障害年金をもらうな」といった意見をよく見る。

私は出版社に数年勤め、過労でパニック障害になった。
引きこもっていた時期もあるが、2度目の再発後は6年以上働き続けてきた。

パニック障害は障害年金の対象外なので、一度ももらったことがない。
引きこもりの間の生活費は、貯金から出していた(実家に住んでいたが、お金を入れていた)。
実家は貧しいので、金銭的援助を受けたことはない。近年は、給料の3分の1を実家に入れている。

病気と闘いつつ、自力で生きてきた6年間は、私を幸せにはしなかった。

日本では、30代以降でレールを外れたら、非正規雇用の契約社員やパート・アルバイト、または派遣社員として安くても30%以上のマージンを取られる以外の道は少ない。
※フランスのマージン平均は13%

(私個人の問題として、発病以降、全生活のコミットを求められる正社員になるだけの体力がなく、そうした場合の選択肢は、日本では非正規雇用となる)

さらに、精神障害者においては、日本の精神医療は遅れているのか?|外国との歴史比較でも書いたように、「精神病院に何十年も閉じ込められて、病院から『固定資産』と呼ばれる状態」がなかば国策のように行われてきたため、地域の中で自活して生きる道が長い間想定されてこなかった。

自分は「商品」にすぎない

厚生労働省「平成26年度版 労働経済の分析 第3章第1節 我が国における職業キャリアの現状」によると、会社員の2人に1人は一生同じ会社に勤める。

つまり、日本では「1つの会社に定年まで勤め続ける」というルールのゲームが行われており、そのルールから外れた者に対する救済措置は「元々ない」のだ。

そのことを実感させられる出来事があった。

2015年9月に労働者派遣法が改正され、派遣社員が同一の組織単位で3年以上働くことはできなくなった。
2015年9月時点での契約(3ヶ月など)が切れてから3年間なので、2018年の秋以降に、一度に大量の派遣社員の入れ替わりが起こることになる。

私の派遣先には、数百名の派遣社員がいる。
派遣会社の営業が、「この会社(派遣先)の今の部署では3年以上働くことができないので、その後どうしたいかを、いま派遣さんたちに聞いて回っているんですよ~」と言った。

話を聞いて、派遣会社は「部署AにAさん、部署BにBさん、部署CにCさんという現状だとして、2018年10月以降は、部署AにBさん、部署BにCさん、Aさんはこの会社はもう嫌だというから、部署Cには新しい人、Aさんをどこに派遣するかを検討する」など、計画を立てておきたいのだと思った。

正社員になることなく、同じ会社の中を、たくさんの人がぐるぐると回り続ける。
同じ会社に勤め続けるのに、時給は上がらない。

私は、自分が「商品」にすぎないことを、はっきりと自覚した。
自らの労働力を自主的に売っているのだと「思い込んでいた」が、実は売られていたのだ。

負けると分かっているのに、なぜ、このゲームをプレイし続けることを選ぶのか

そもそも、私はなぜ派遣社員になったのか。

「障害年金をもらうな」と主張する人は、「働くことこそ至高」とも主張する。

不思議だが、この場合の「働く」とは、100%が「被雇用者として働く」である。
そして、主張する人自身、被雇用者として辛い思いをしながら働いているのに給料は安い。
そのストレスを、自分よりも弱い立場の精神障害者にぶつけている。

私の中にも、「被雇用者として『普通の人と同じように』働くことこそ至高」と考える「常識」が、ずっとずっと最近まで、そして今も住んでいる。

その時点で、精神障害者にストレスをぶつける人も、私も、思考が停止しているのだ。

長時間労働でつらいとか、要求は厳しすぎるのに給料は安いとか、レールを外れたからマージンを取られ続けて生きていくしかないとか、自分がこのルールで負け続けることが分かっているのに、なぜこのゲームをプレイし続けようと思うのか。

自分で、新しいルールとゲームを考えて、その中で生きていこうとしないのか。

知らないから、自分の頭で考えられない

去年、「ブログのこれから~」を書いてから、実際に自分でルールを作って生きている人はどんな人がいるのかを調べ続けている。

そして思うことは、実は、この世の中にはたくさんの選択肢があったのだ。
私は、知らなかった、または、自分の中の「常識」に縛られて選べなかっただけで。

20代の若いはてなブロガーで、プロブロガーになることを選び、サロンやら情報商材やらを売って叩かれている人たちがいる。
この人たちも、自由に生きたいのに他に選択肢を知らないから、プロブロガーになったのかもしれない。

だから本当は、叩くのではなく、それ以外の選択肢を紹介できるのが一番よいのだ。

「常識」に適応できて、自らがうまく生きていくことができる人は、そのままでいればよい。

「常識」に適応できない人、何らかの事情ではみ出してしまった人が、自分らしく生きられるルールとゲームを考えられるような情報提供を、このブログでしていきたい。

(※このエントリーには、派遣社員として頑張っている人を批判する意図は全くありません。私が、私自身を「自分の頭で考えることができていなかった」と反省しているものです)


……今日は辞める理由をさらっと書くだけのつもりが、なんか知らないけど、最近書くのを避けていた過激な文章になってしまいました。はにゃ~
ここ1ヶ月くらい体調が悪くて、ここで気力が尽きたので、やりたいことはまた次に書きます。
もしかしたら9月末までブログを書けないかもしれないけど、遅くても11月くらいからはいろいろやっていきたいので、気長に待っててくださいにゃ~

寄稿したので読んでくださいにゃ~

www.onecareer.jp

VALUを勧めるブロガーは、VALUのリスクを分かっていない

以前、「購読しているブロガーが、ビットコインとかVALUとか、読者さんが損する可能性がある物を紹介し始めたら、私は購読やめる」とツイートしたことがあった。

その時に、「現金預金/投資信託/株式(現物)/為替(FX)/仮想通貨の中で、アウト/セーフはどの辺りか」というご質問をいただいた。

なので今日は、その中のVALUについて書きたい(続きは10月頃…)。

私が思う「投資」とは

私が思う「投資」とは、たとえば株なら、「割安なものを買って、適正価格で売ること」だ。

たとえば、ニッチな分野で世界的なシェアがあるのに、知名度がないため割安な株とか、その株自体に問題はないのに、日経平均の暴落などにつられて安く売られ過ぎた株など。

そういったものを、自分で調べて考えて買うのが「投資」だと思う。

この「自分で調べる」だが、ネットや雑誌などで人気の株を何も考えずに買うことではない。
まず、「そもそも、投資するのは日本株でいいのか?」「世界の金融商品の中で、いま何が割安なのか?」というところから入る必要がある。
投資は下調べがすんごい大変なんである。

「投資」は自分ルールを守ることが必要

「割安なものを買う」という考え方なら、入口と出口、想定外の動きをしたときの撤退シナリオを決めるのも簡単だ。

入口は「○円になったら割安だから買う」、出口は「○円は適正価格だから売る」。 買った後の値動きを何パターンか予想し、「買値の○%までの下落は想定内、○%を超えたら損切りして一旦撤退。値動きを観察し、落ち着いたら再度入るか検討」などシナリオを立て、絶対に守る

私が思う「投資」に向いていない人

私が思う、「投資」に向いていない人は、

  • 自分で決めたルールを守れない人
  • 「想定外のラッキー」を忘れることができない人

「想定外のラッキー」とは、「マイナス○%で損切り予定だったが、損切りしなかったら値が戻った」とか、「予定通りにプラス○%で売ったら、その後まだまだ上がって悔しかった」などだ。

こうしたラッキーは、ルールが妥当かを再度見直した後は、忘れる必要がある。

特に損切りは、「今回たまたま助かった」だけで、「こないだルールを破ったら助かったから、今回も大丈夫」などと思い始めたら、どんどん塩漬け株ができていく。

……えらそうなことを言っているが、私自身は投資に向いていない。しょぼーん

VALU(バリュ)とは何か

さて、いま話題の「VALU」とは何か。

いまからVALU(バリュ)を始めようかな? と思っている人のためのユーザーガイド(←これを読めば大体分かる)によると、VALUは「個人の人気をあたかも株式のようにトレードするサービス」である。

VALUを発行する場合、Twitterなどのフォロワー数などを元に、その人の人気度をVALU運営が「○○ビットコイン」と値づけする。

ビットコインとは仮想通貨の一つであり、円をビットコインに交換しないと売買できない。

くわしくは、鈴木みそ氏のマンガ↓をどうぞ
VALUおっかなびっくりはじめました
VALUでえらいことになりました

YouTuberヒカル氏のVALU売り逃げ騒動

8月14日に、人気YouTuberのヒカル氏が、優待などの還元を期待させるツイートを投稿した。
VALU高騰後に、ヒカル氏が全VALUを一気に売ったため価格は暴落した。

個人価値売買VALU、ユーチューバー「売り逃げ」騒動|日本経済新聞

この記事によると、ヒカル氏の関係者であるネクストステージ顧問の井川氏が、朝一番(ヒカル氏がVALUを売る前)で手持ちの全VALUを売りに出していたことが分かる。

これらは、株取引だったら「相場操縦行為」「インサイダー取引」となり犯罪だ。

しかし、VALUは有価証券などの金融商品ではないので、金融商品取引法などによる消費者保護の対象外になる(いまのところ)。

つまり、今回のような、ヒカル氏たちが得したぶん一般人が損する事件があっても、法律の保護を受けられない(詐欺罪は適用されるが立証が難しい)。

保護がない分、VALUで売買するなら、株取引やFXよりもなお、自分を守る知識や経験が必要になってくる。

はてなブロガーとVALU

さて、はてなブロガーには、VALUで100万単位で儲けている人たち、今回の騒動で大損した人たちがいる。

今回の騒動で、彼らのブログやtwitterを読んだところ、「この人たちは、VALU以外の投資経験がほとんどないのでは?」と思った。

たとえば、前述した井川氏が、朝一番で全VALUを売ったこと。

関係者が全売りしたときは、「売り」の選択肢しかない。
こういう情報が取引時に分かること自体、VALUのシステムに驚いた(いくらでも儲けられるから)。

だけど、ヒカル氏が全VALUを売ったときさえ、疑問を抱かずに買い増ししていたはてなブロガーたちがいた。

また、今回の騒動は、私には致命的に思える。
VALUのシステムは、穴だらけで参加者の善意が試されるシステムだが、VALU運営は根本的な見直しを考えていないようだ。
日本経済新聞で報道されたことから、今までVALUを知らなかった仕手筋(株価操作をする集団)なども参戦してくるだろう。

私だったら、一旦離れて様子を見る。
だけど、危機感を抱いているはてなブロガーは少ないようだ。


はてなブログには、ふつうにブログをやっている、投資とか何も知らない人たちもいる。

はてなブログを始めて、友だちがほしければ、VALUをやっている人たちのグループに大抵は入る(最大グループで目立つから)。
そこではだれも、VALUを否定する人はいない。
「わたし何も知らなかったけど、みんな簡単に儲けてる! 私もVALUやる!」となるだろう。

こわいのは、VALUを勧める当人が、リスクをあまり分かっていないまま勧めていることだ。

もしくは、分かっているけど、VALUを買ってもらうことやビットコインの高額なアフィリエイト料で儲けたいから、あえて勧めているか。

小銭をエサに大金をだましとられる人

はてなブログがVALUへの入口になるのは問題だと思うので、VALUの売買を勧められない理由を書いておく。

VALUをおすすめできない理由

まず、VALUは有価証券ではないので、金融商品取引法などによる消費者保護がないこと

それ以外は、

  • そのため、法の抜け穴を突いて、素人でも相場操縦が簡単にできる(今回で実証済)
  • さらに、有名人と組んだ仕手筋が入り込んでくることが予想される
  • 法だけではなく、システムにもこれといった規制がなく、参加者の善意参加が前提で作られている
  • VALUを発行する側はノーリスク(匿名のFacebookアカウントでも発行でき、逃亡が可能←匿名はそもそもFacebookの規約違反)
  • どのVALUが信頼できるのか判断できない(今回のヒカル氏のように)
  • どのVALUが割安なのか判断できる指標がないので、自分ルールが決められない
  • 円をビットコインに換えたくない(現在高騰中なので高値で買うことになる)

私にとっては、信頼度や適正価格が判断できないものにお金を出すことは、「投資」ではなく「投機」、つまりギャンブルになる。
星ほどある投資の中から、VALUの売買を選ぶ理由がみあたらない。

「今この瞬間は儲かるのだから、やらないことこそリスク。バカになって踊るべき」と思う人は勝手にやればよい。
だが、必ず「ゼロになってもいいお金」で投機し、生活費や教育費などの貯金は使わないこと、は守った方がよいと思う。

なお、VALUの発行は、ほぼノーリスクハイハイリターンである。
しかし、現行の穴だらけのシステムで、「私のVALUを買ってください」とはとても言えない。

たとえば、「あなたは、110円でドル/円を買って111円で売りました。10万円儲かりました。その裏では、110円でドル/円を売って111円で買い戻し、10万円損した人がいます。その人の10万円が、あなたの財布に入ったのです」という話がある。
実際はこんなに単純ではないが、参加者全員が100%儲かる投資はない。

VALUは、他の投資よりも、そのことがはっきり感じられる投機だと思う。
実際に、ヒカル氏を信じた人たちのお金は、みんなヒカル氏の財布に入ってしまった。

自分がVALUを発行することで、買ってくれる人に(私の想定を超える)損をさせる可能性があることが、私には耐えられない。

「お前はそんなだから、はてなやBLOGOSで叩かれてるだけの儲からない負け組ブロガーなんだよ」と言われるだろうが、私はお金よりも信頼が大切なので、いつも読んでくれている読者さんにVALUを勧めることは、絶対にしない。

(VALUはクラウドファンディングと理念が近く、新しいチャレンジをしたい個人を寄付・応援する位置づけで、VALU運営も投機を禁止しているのに、マネーゲームの側面が目立ってきて、つけ入る人たちも増えてきたのは残念だ)

(↓寄稿したので、読んでくださいにゃ~)

www.onecareer.jp

おじさんおばさんという人生の下り坂でも、楽に生きるために

東大を2留して、レールを外れたと思っているこうさんへ

「『レールから外れたら人生終了』という日本に蔓延る神話が皆を不幸にしている」というtogetterを読んだ。

これは、「東大を2回も留年した人のブログ」を書いている「こう」さんのセルフまとめだ。
こうさんは、東大2年生(4回生・2留)である。

こうさんのこれまで

こうさんは、

ぼっちで趣味がないことから、受験勉強に熱中

東大合格で燃え尽き、必修授業以外は出なくなる

コミュ障だが、頑張ってテニスサークルに入る
しかし、白内障のため5月末まで活動に参加できず

「進振り」により、2年生の秋に経済学部へ進学
クラスが無くなったことでクラスメイトの「シケプリ」に頼れなくなり、試験対策できなくなる
コミュ障のため、誰にも助けを求められず

ネトウヨ活動にのめり込む

経済学部の勉強が全く分からない
再度「進振り」を受けて学部変更するために、試験を受けずに留年

留年と学部変更を親に納得させることができず、再び経済学部へ進む

FXにのめり込んで大損

2回目の留年。今度は親も学部変更を受け入れる

サークルの同期の起業を手伝う

自らの付加価値を「東大生」「留年」「コミュ障」に設定し、TV出演を目指す Now!

という流れを経ている。

東大で2回も留年した話(前編)

ちなみに、冒頭でセルフまとめされていたレール関連の記事には、私の寄稿記事が紹介されていて、それで親近感を抱いた。 www.onecareer.jp

私は最初、こうさんが「2留したから官僚になるのは難しい」など、東大出身者独特のレールを外れたことを嘆いているのかと思ったのだが、そうではなかった。

レールの外れ方には、積極的・消極的の2パターンがある

私は、20代がいわゆる「新卒カード」を捨てることについて、いまだ、どうアドバイスするか態度を決めかねている。

レールの外れ方には、「外れたいから外れる」積極的なパターンと、「外れざるを得なかった」消極的なパターンがある。

やりたいことがあって新卒カードを捨てる場合は、(そのやりたいことが具体的でなくても)私は応援するようにしている。
なぜなら、今の20代前半は超売り手市場であり、失敗してもいくらでもやり直し可能だからだ。

しかし、こうさんの場合、やりたいことがあって留年したのではなく、留年せざるを得なかった状況だと思う。

消極的に外れたのに、その理由を直視せず、個性として売り出そうとしている。

本当にやりたいことがある人の場合、中退という道もあるが、こうさんが何をやりたいのかは「有名になる」以外は分からない。
このまま学業から逃げていると、3度目の留年を迎えてしまうのではないか……?

2度の留年=レールを外れた、とは私は全く思わない。
むしろ、有名ブロガーを目指して、また留年することの方が、ずっと危うい。
今から真面目に学業と就活に取り組めば、何の問題もないのに。

今のこうさんに必要なこと

今のこうさんに本当に必要なことは、下記だと思う。

  1. 大学の授業に毎回出席し、内容を理解すること
  2. 相談できる人や居場所を作ること

1:大学の授業に毎回出席し、内容を理解すること

なんといっても、「大学の授業に毎回出席し、内容を理解すること」が最大優先である。

こうさんのブログには、留年決定後に勉強を頑張ったという記述がない。

ネトウヨ活動やFXなどに逃避し、2回目の留年後も、サークル同期の起業を手伝ったり、インターンに行ったり(この2つ自体は良いことだが)、今またブログを書いたりしている。

次に絶対進級できる余裕があるなら、課外活動を行ってもよいが、はたして本当に進級できるのか?
受験勉強の燃え尽き症候群で、勉強をしたくないという気持ちは分かるが、現在の自分の状況を冷静に把握した方がいい。

2:相談できる人や居場所を作ること

こうさんは、コミュ障だけど可愛い女の子に出会いたくてテニスサークルに入ったが、そこで居場所は築けたのだろうか。
完全ぼっちではない、とのことだが、もし居場所が築けていたら、「シケプリ」に似たものをサークル経由で入手でき、留年はしなかったと思うのだ。

日本一有名なニートであるphaさんにとっての京大熊野寮のような場所が、こうさんにもあるとよいなあと思う。
(熊野寮で留年する人は多いが、こうさんのように、孤立して留年するのはつらいと思うので)

つまり、「コミュ障でも受け入れてもらえる居場所」だ。

また、これまでの経緯を、理解ある大人に相談した方がよいと思う。
東大には、京大の学生総合支援センターのように、理解ある相談先はないのだろうか。
(私でよければ、twitterでDMください。返信はすっごい遅いですが……)

学生さんへ 留年について|京都大学

あと、4回生ということなので、同期の就活状況をできるだけたくさん聞いておいた方がいい。
起業するにしても、一般企業で働くことは大きな経験になるので、いろいろな選択肢を意識して残しておいた方がいい。

中退について

「大学での勉強には意味がない」と思う程度なら、中退は絶対しない方がいい。
どうしても勉強したくないなら、いろんな人に相談して、要領よく試験を乗り切れる方法を探してほしい。

ただ、「本当に、どうしてもどうしても、勉強についていけない」ということはあり得ると思う。
その状態であっても、下記を満たすまでは中退しない方がいい。

  • 勉強についていけない場合は、学生課などに相談する
  • 中退して何をやりたいか、具体的なプランを作る
  • そのプランで、親を含む周りの人を納得させることができる
  • 実際に、東大中退した人の話を「会って」聞く

こうさんはレールから外れていないし、まだ乗ってもいない

こうさんは、留年したことがつらくて、それを「個性」として積極的に売り出すことを考えたのかもしれない。

だけど、こうさんは、レールから外れていない。まだ乗ってもいない。

出版社に入社後、過労で精神疾患になり、いまは辛うじてフルタイム派遣で働けているけど体力気力がなくて毎日ギリギリで生きている私(もし体力があっても年齢的に正規雇用は絶望)から見れば、うらやましいほどの可能性に満ちあふれている。

日本社会におけるレール神話が持つ、真の選別基準は「年齢」であって、その点では、こうさんは圧倒的な勝ち組のままなので、安心してほしい。

コミュ障はつらいだろうけど、既にインターンで働けているなら、標準以上のコミュ能力を身につけなくても、ちょっと下くらいで余裕で生きていける。

コミュ障でも働きやすい企業や職種について人よりも熱心に情報収集し、自分に合った企業や働き方(プロブロガー以外)にめぐりあってほしい。

(メンヘラ.jpのわかり手さんが言った、「フリーライターの世界ってのはパラリンピック」はその通りで、アフィリエイト以外のブロガーで有名になるのを目指すことは、「普通」に生きられない人の最後の砦だと、私は思っている。もちろん、趣味で書く場合は何の問題もない)

追記

23日16時追記・21時変更(短くした):こうさんとtwitterで話をした。

こうさんは、前期課程の単位は取得済。学部変更のために2度留年したため、秋の後期課程から頑張ればよく、それまではブログ活動ができるとのこと。現時点では中退は考えていないらしく、良かった。

あと、「『テレビ出演』がこのブログの目標だ」で、こうさんは「テレビ出演を果たしたら実名での活動に切り替えようかとも思っている」と書いているが、売り出し方をよく考えないと、実名でのTV出演は就活でマイナスになるかもしれない。

新卒プロブロガーが、各企業の人事部にブラックリスト化されているという噂がある。バカバカしいし、そういう話は大嫌いだが、「新卒カード」は残しておいた方がいい。

おまけ:
同じ東大生ブロガーに、東大生の1日を50円で売っている高野りょーすけ氏がいる。
高野りょーすけとブログ

「現役東大生が1日を50円で売ってみたら」を出版している。留年している。彼のように、純粋な企画の面白さで売り出せるのなら、実名顔出しもプラスになるのかも……。

現役東大生が1日を50円で売ってみたら

現役東大生が1日を50円で売ってみたら

日本の精神医療は遅れているのか?|外国との歴史比較

日本の小中学生に英語を教えていたニュージーランド人男性、ケリー・サベジさん(27歳)が、日本の精神病院で10日間身体拘束された結果、心肺停止状態になって亡くなった、というニュースがネット上で話題になっている。

死因は、身体拘束されたことにより、血栓ができて心臓発作につながったものとみられている。

日本の精神病院でニュージーランド人男性が変死 母国でニュースに
ニュージーランド人男性の変死【続報】 大和市の精神病院が記録提出を拒否

ニュージーランドでは大きく報道されているのに、7月15日夜現在、日本の大手マスコミでは一切報道されていなかった。

身体拘束調査の時間単位は、外国では「時間」、日本では「月」

ここで、外国でも長期間の身体拘束を行うのかどうかを見てみる。

身体拘束1000日超の患者も|読売オンライン「ヨミドクター」によると、外国における身体拘束の平均継続時間は「米国カリフォルニア州4時間、米国ペンシルベニア州1.9時間、ドイツ9.6時間、フィンランド9.6時間、スイス48.7時間」である。

対して、日本では「回答病院で身体拘束を継続的に受ける患者(768人)の約67%が、調査時点で1か月以上の拘束を受けていた」。

また、この記事の他の調査では、「回答病院における身体拘束の平均継続時間は約100日」という結果が出ている。


外国調査の単位は「時間」だが、日本調査の単位は「月」だ。

例えばアメリカには、日本のような健康保険制度がなく医療費が高額なため、長期入院が金銭的に難しいなどの事情もあるだろう。
しかし、逆にいえば、外国では短時間の身体拘束で対応できているのだ、と言える。

平均で100日を超える身体拘束。はたしてそれは、医療なのか?

ヨーロッパの精神医療史

冒頭のケリーさんの母、マーサさんは「中世の映画の出来事のようでショックを受けています」「この拘束は、現代社会のできごとには思えず、ニュージーランドでは絶対に起こりえないこと」と述べている。

はたして、日本の精神医療は遅れているのだろうか?

この疑問に答えるべく、ヨーロッパと日本の精神医療史を、ざっと一覧できるようまとめた。

(私は専門家ではなく、この記事は、調べた結果を自分用にまとめたものなので、詳しくは参考文献やリンクから各自あたってください)


ヨーロッパの精神医療は、今でこそ進んでいるが、第二次世界大戦前までは実は日本とそれほど差異はなかった。

15~17世紀後半、魔女狩りの犠牲者の中には、明らかな精神病者も多数いた

18世紀ごろ、産業革命によって、農村から都市に流入してきた人々の中には、浮浪者や泥棒のような「働かざる者」がいて、精神病者も一緒くたに、地下牢のような収容院に入れられていた

19世紀、「働かざる者」の中に、精神病者(「早発性痴呆」、現統合失調症)がいることを発見。収容院から隔離施設に入れられた

フランス革命時に、病者を人道的に扱うべきだという「道徳療法」が生まれる。
しかし、植民地支配時代には、精神病は脳の器質的な病であるため治療は無意味という医学観が主流になった

『近代的精神病院というものが誕生しても、それは治療・看護の意味での近代化ではなく、精神病者を選別・隔離し、管理する意味での近代化でした。精神病者は依然として、鎖に繋がれ、手枷、足枷で転がされていたのです。
精神医療に葬られた人びと?潜入ルポ 社会的入院? (光文社新書)より引用)


こうした流れが大きく変わったのは、第二次世界大戦後である。

イギリスで、大戦中の空爆を避けるため、精神病院は、入院患者を一時的に解放した。
戻ってこないという予想に反し、大半が戻ってきたため、精神科医が「精神病院における鍵とは何か」を考える契機となった

1948年 スコットランドのディングルトンが世界初の全開放制に踏み切った

1954年 英国保健省が「今後10年間で10万床の精神病床を削減する」と発表し、それに見合うケア施設を地域に作ることを決定

1960年 フランス厚生省が「地域精神医療分区制」の方針を打ち出した

1971~1977年 イタリアのバザーリア氏が、県知事ザネッテイの後押しのもと、サンジョバンニ病院の患者1150人を、強制入院の法的規制を解き、町に移住させ、病院のスタッフを地域に移してケアにあたらせる形で、病院を閉鎖した

1978年 イタリアで180号法案(公立精神病院への入院を禁止する法案)が公布

精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本

精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本

ヨーロッパでは、精神病者の地域移行化が順調に進んできたが、1970年代のアメリカでは、財政的理由から、ケア施設などの受け皿がないまま、州立病院から大量の患者を追い出した結果、彼らはホームレスになってしまった。

ようするに、地域で精神病者をケアするには、国の理解と財政的後押しが絶対に不可欠なのです。それはアメリカの失敗例を見れば明らかです。バザーリアが政治の地平で改革を行ったように、国に本腰を入れさせない限り、大きな改革は難しい。
精神医療に葬られた人びと?潜入ルポ 社会的入院? (光文社新書)より引用)


一覧できるよう、ものすごく大雑把にヨーロッパの精神医療史をまとめたが、覚えてほしいのは2点である。

「ヨーロッパでも、第二次世界大戦前までは、精神病者を(治療ではなく)隔離・管理するために、精神病院が作られていた」

「しかし、戦後のヨーロッパでは、精神病院の開放化と、収容患者の地域移行化が進んだ。それは、国の理解と財政的後押しがあったから可能だった」

明治初期の日本には、精神病者が地域で治療を受けられる場があった

第二次世界対戦後、ヨーロッパは、精神病者が病院ではなく地域で治療を受けられるような改革を進めてきた。

実は、外国から近代精神医学が入ってくる前の、江戸時代後期から明治初期の日本には、既にそういった場があったのだ。

高尾山薬王院などの神社仏閣で、水治療や温泉療法などが行われていた。

その背景には、江戸時代の医学が中国医学に基づいていたため、精神病も"気"の乱れでできた隙間から憑き物などが入ってきて起こった、一時的な病と思われていたことがある。
だから、治る頃合いまで一定期間そこに留まり、家族だけではなく、治療を行う行者たちや地域の人たちが、病者を支えていた。

この後、日本だけが真逆の方向に迷走していくことを思うと、この事実は皮肉である。

日本の精神医療史(戦前)

さて、明治時代の日本は、欧米との不平等条約改定にあたり、精神病院の有無が文明化の証の一つとなると考えた。

そのため、先ほど述べたように、第二次世界大戦前にヨーロッパが取っていた「精神病者の隔離収容政策」を取り始めたのである。

1900(明治33)年 「精神病者監護法」の成立
精神病院が不足していたため、精神病者の「私宅監置」(座敷牢への閉じ込め)について、監護責任者(主に肉親)に届け出を義務づけたもの。
つまり、本来は国が負うべき、精神病者の管理を、家庭に押しつけた法律。

1916(大正5)年 入江事件・榊原事件(私宅監置されていた精神病者による殺人事件)により、それまではなかった「(地域で平和に暮らしている者も含めて)精神病者は危険な存在」という偏見が広まった

1919(大正8)年 「精神病院法」の制定
上記事件が引き金となり、「地方長官が特に入院を必要と認めた者」などが、精神病院に収容されるようになった。
また、公立精神病院の設置を命じるが、財政難のため、民間資本の私立病院増設に依存するようになってくる。

精神病院の誕生に伴い、民間治療場の終息または管理化、民間療法の根絶

1940(昭和15)年 「国民優生法」の制定
精神病者に強制的に不妊手術を受けさせることによって、「悪質なる遺伝性疾患の素質を有する者」(精神病者のこと)の増加を絶つことが目的だった。
女性障害者 第3回「優生思想の過ちをただす」|NHK福祉ポータル「ハートネット」

流れとしては、明治初期の「精神病は一時的な病」という認識から、「精神病者は危険であり、監禁すべき存在」を経て、「精神病者を増やさないために去勢する」という地点にまで達したのが恐ろしい。

また、戦後から現在までに影響を及ぼす、「国が負うべき負担を家族に丸投げ」「(同じく)私立病院に丸投げ」「治療ではなく隔離・監視」という流れができていたことを押さえておきたい。

日本の精神医療史(戦後)

戦後のヨーロッパでは、精神病院の開放化と、収容患者の地域移行化が進んだが、日本はそうした潮流に全く逆行した道をたどった。

1950年代末から、社会治安の一環として、精神病者を精神病院に入れるというキャンペーンを国単位で行っていた

1964(昭和39)年 ライシャワー事件
ライシャワー大使が、19歳の統合失調症患者に刺された事件。のちに少年は自殺。
エドウィン・O・ライシャワー|Wikipedia
日本の精神医療に大きな影響を与えたライシャワー事件

1965(昭和40)年 「精神衛生法」改正
上記の事件を引き金に、「緊急措置入院制度」(自傷他害の恐れのある精神病者を、強制入院させることが可能)の新設。私宅監置の禁止。
これにより、家でカラオケをしていただけで通報され、以後何十年も精神病院に入院することになった人も存在するほど、精神病者を「本人の同意なく」(本人の同意が最優先されるようになるのは何と1988年)、簡単に入院させることが可能になった。

国の低金利融資を受け、私立精神病院の建設ラッシュ

1967(昭和42)年 WHOから日本政府に「クラーク勧告」がなされるが、無視
患者の過剰収容による精神病院の利益追求が、大きな人権侵害につながるという内容

1968(昭和43)年 栗岡病院事件
院長と看護人が患者13人を角材で殴打、1人を死なせる
1968(昭和43)年 安田病院事件
看護人が患者3人をバットで撲殺し隠蔽。数ヶ月後に、看護助手をさせられていた「患者」が、他の患者を撲殺して発覚
(以降、病院スタッフによる患者殺害事件が、数十件単位で多発しているが、代表的なもののみ記載)

1975(昭和50)年 日本精神神経学会がロボトミー手術の廃止を宣言
ロボトミーとは、高度な思考や感情を司る前頭葉を切断する手術。うつ病患者などに行われ、日本では1938年から始まった。多くが廃人化するなど、非常に問題ある手術だった。

1984(昭和59)年 宇都宮病院事件
国連人権委員会で討議され、日本政府に改善勧告が出されたほどの大事件。
事件発覚までの3年余で、院内死した患者は200余人以上に上る。
宇都宮病院事件:Wikipedia

1988(昭和63)年 上記事件を受けて「精神保健法」改正
ようやく「任意入院」(患者本人の同意と意思が最優先)が法定化。それまで強制入院しか法定されていなかった。

1997(平成9)年 大和川病院事件
入院患者の不審死が26件明らかになる
精神病院不祥事件が語る入院医療の背景と実態――大和川病院事件を通して考える

2000(平成12)年 介護保険制度施行

2001(平成12)年 朝倉病院事件
人権無視の拘束、不必要なIVH(中心静脈栄養)注射、老人患者40名の不審死。

2001(平成12)年 箕面ヶ丘病院事件
10年間、違法拘束された患者は「ポチ」と呼ばれていた。

2006(平成18)年 障害者自立支援法施行

2009(平成21)年 貝塚中央病院にて精神科患者が拘束死
【違法拘束】精神科患者死亡めぐり「貝塚中央病院」元看護師を逮捕|ケアマネタイムス

2013(平成25)年 国連人権理事会が日本政府に警告
精神障害者が、自らの意思に反して、長期間にわたって「社会的入院」されていることや、身体拘束・隔離が過剰に用いられていることを警告

2014(平成26)年 障害者権利条約を日本が批准

2015(平成27)年 石郷岡病院で、准看護師による患者の暴行死が発覚
弟のこと。~その陽はまだ沈まない~(ご遺族のブログ)

2016(平成28)年 相模原障害者施設殺傷事件
知的障害者施設に、元職員の男が侵入し、19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた。
相模原障害者施設殺傷事件|Wikipedia


流れの一覧化を重視したため、ものすごく大雑把な説明になっている。

戦前からの、「精神病者は去勢してもいい対象(つまりは人権無視)」「治療ではなく隔離・監視」という流れのまま、

私立精神病院の乱立が進み、

「入院患者は固定資産」「精神医療は牧畜業」と公言するような、治療が抜け落ちた儲け主義のもと、

病院スタッフによる患者のリンチ死が、数十件単位で発生する(ついに表面化しなかった事件も多数あるだろう)、

という流れがあった。

同じ時代にヨーロッパでは、精神病者の病院から地域への移行化が着実に進んでいたのに。


これは昭和時代のことで、今は改善していると思う人もいるだろう。

もちろん、(後日紹介するが)昭和40年代のように、「不潔部屋」と病院スタッフが名づけた、糞尿まみれの部屋に放り込まれたりすることはない(しかもそれは二流の病院であり、最低ランクではなかったのだ)。

しかし、2013年になっても、国連人権理事会は日本政府に、精神障害者の数十年単位に及ぶ「社会的入院」や、過剰な身体拘束・隔離に対して、警告を出している。

厚労省の調査によると、精神病院で身体拘束を受けた患者数は、10年間で約2倍(2003年:5,109人→2014年:10,682名)に増えている。

はてなブログを何気なく読んでいても、身体拘束の(しかも問題ありと思われるような)体験記事はそこそこ目にする。

ちょっと病棟の集団生活のルールに違反しただけで、2日とか3日くらい鎮静させる点滴をされて、手と足の4点をベッドにくくり付けられてしまう。いわゆる身体拘束だ。

精神科病棟で身体拘束をされてみてより)

さらに、2015年に病院職員に暴行を受けて亡くなった方の、ご遺族のブログを読むと、きっかけは「落ち込むことがあるため」精神科を受診したという、本当にささいなことなのに、大量の薬が出されて(5ヶ月で17種類)、それなのに診断名はあいまいで、突然身体拘束され、薬の副作用で薬剤性ジストニアになり、電気ショックで失禁するようになるなど、病院に関わったためどんどん状態が悪化していき、最後は病院職員による暴行のために亡くなってしまうのである(享年36歳)。

「日本の精神医療は遅れているのか?」

素人目には、「遅れている」と言わざるを得ない。

つづく

(続きの方が面白いんですが、書く気力が尽きているので、読みたい人はこの記事をシェアしてもらえると、励みになります~)

参考文献:
どちらも、Kindle Unlimited(読み放題)の対象になっています。
今年読んだ中で、最も面白い本でした。

精神医療に葬られた人びと?潜入ルポ 社会的入院? (光文社新書)

精神医療に葬られた人びと?潜入ルポ 社会的入院? (光文社新書)

ルポ・精神病棟 電子書籍加筆復刻版

ルポ・精神病棟 電子書籍加筆復刻版

高齢者や障害者が処分される近未来(短編)