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ニャート

旧「一橋を出てニートになりました」。出版社を過労で退職→引きこもり→派遣社員を経て、働き方や社会のあり方について思うことを書いています。

高学歴者が雇用関係から抜け出せないから、サラリーマンの給料が上がらない

社会における立ち位置も考え方もちがう人(Aさんとする)と話をする機会があった。
そこで考えたことをメモしておきたい。

私はAさんを、意見交換できる相手として得難い人だと思い、とても尊敬している。
だから、途中でAさんの選択に疑問を投げかける描写が出てきても、それは決してAさんを批判するものではなく、この文章の構成上やむを得ないものだと思ってほしい。

夢は夢、仕事は仕事という選択

Aさんは、高学歴・高収入なサラリーマンである。
だけど、会社員のままではたぶん実現できない夢を持っていて、Aさんの人格の大部分はその夢と理想で構成されているような印象を受けた。

Aさんはとても頭がいい。
これだけ知識があって、話が上手くて、情熱がある人が、やりたいことに取り組まないのは勿体ないし、大げさだけど日本社会にとっても損失なのではないかと思う。

定時で帰れるなら夢と仕事を両立できるのかもしれないが、Aさんはハードワークである。
Aさんはかなり貯蓄があるだろうから、今から起業すればいいのにと思った。

「生きるのに必要最低限だけ働けばいい」というのは「地に足がついていない」考え方か

脱線するが、私は「生きるのに必要最低限しか働かなくても、生きていける社会」を作ることに貢献したいと思っている。

なぜかというと、自分が過労のために病気になって退職し、一旦レールを外れた後は二度とレールに乗れない人生を送ってみて、「社畜の働き方は虚しい」と思ったからだ。

皆が責任感から馬車馬のように働く日本社会で、得しているのは経営者だけなのではないか。
皆が雇用されたがるから給料が上がらない。それなら、現在の雇用システムから離れる選択をする人が増えれば、人手不足で雇用される人の給料も上がるのではないか。

それで、私は正社員という雇用関係のレールから外れるしかなかった人間だが、同じような人や自ら外れたい人がどうやったら良く生きていけるのかを、一生を通して考えて活動したいと思っている。

でも、そうした考え方は、Aさんと似た立場の人から見れば、「現実的ではない、地に足がついていない」考え方と映るのかもしれない。
(注:Aさん本人は、私を全く批判していない)

家族・肩書き・年収という常識

例えばAさんは、「男が稼いで女にお金を出すものという考え方にとらわれず、お金がある方が出せばいい」という考え方は現実的ではない、と思っている。

具体的な表現は忘れたけど、「お嬢さんの残りの人生を僕にくださいというにはお金が必要だし、結婚をしなくても、親の介護にもお金が必要。必要最低限しか働かないという考え方では、その金額を出せない」という主旨のことを言っていた。

私は、Aさんの男らしさに驚き感動したのと同時に、「ちょっと古い考え方だな」とも思った。

しかし、私の義弟は32歳だが、首都圏住みなのに20代で妹のために家と車を買い、「俺の周りはみんな家買ってますよー」と言っていたことを思い出した。

たぶん、世代に関係なく、そうした日本人らしい美しい責任感がある男性とない男性がいるのだろう。

Aさんは結婚していないので、夢のために起業するというリスクを取れないこともない。
でも、Aさんが起業することはないだろう。

Aさんが言うには、高学歴者の同級生どうしで、肩書きや年収を意識しあって、「お前ならもっと稼げるのに」と突っ込まれることがあるそうだ(ネタかもしれないけど)。

肩書きと年収を重んじる人であれば、起業なんて「地に足のついていない」とんでもない話だろう。

日本にも、人知れず稼いでいる人がいる

私は、年収(年商じゃない)が億単位の個人経営者の会社で、経理をやっていたことがある。

その社長が成功したのは、ある知られざる儲かる分野で先駆者になり、早い者勝ちで優秀な協力者を囲い込むことができたからだ。
その分野に目をつけたこと、優秀な協力者とコネを結べたことは確かにすごいが、運もかなり左右しているので、再現可能なビジネスモデルではない(事実、社長の他の事業は失敗している)。

その社長は、私立の三流大卒である。
経営者の素質に学歴は全く関係ないが、その社長が話すのは「成功した自分すごい」ばかりで、成功した時点で思考が止まってしまっているので、私にはあまり頭がいいように思えなかった。

でも、稼ぎはすごかった(経理だったので金の動きを見ている)。
さらに、社長は週3回くらいしか働いていなかった。それも、自分が本当にやりたいことしかやっていなかった。
その会社は十年以上続いている。だから、いま会社をやめても、もう一生働く必要ないほど稼いでいる。
(この話は身バレするので、これ以上は親しい人にしか話せない)

私が知らないだけで、この日本でも、人知れず稼いでいる人はたくさんいるのだろう。

そして、高学歴者のサラリーマンは、そういう人たちの存在を知らないと思う。
なぜなら、高学歴というカードを失ってまで起業する人は本当に少ないため、高学歴者の世界にはそういう人は存在しないからだ。

頭のよさなら、Aさんの方がはるかに上だ。
2人がちがうのはただ、「常識や安定を捨て、リスクを取ったか」ということだけだ。

大企業のサラリーマンの給料は、その働きに見合っていないのではないか

私は、「大企業のエリート層の給料は、その働きに見合っていない(低い)のではないか」と思っている。

各国大手企業の役職階級別の年収を、日本の課長級を1として指数化したデータがある。

日本では、課長が1、部長は1.36、部門長が約1.7となる。
対して、ドイツの部門長は約2.9、中国・USAが約2.6、ロシアが約2.5、タイですら2.24と、日本はぶっちぎりの最下位である。
(詳しくは「日本の部長の給料はなぜ世界最低レベルなのか」を参照)

理由は簡単で、「日本のサラリーマンは、転職したり起業したりしないから、給料を上げる必要がない」のである。

厚生労働省「平成26年度版 労働経済の分析 第3章第1節 我が国における職業キャリアの現状」によると、日本では2人に1人が新卒時に入った会社に定年まで勤める。

以下のデータは、以前寄稿した記事「『起業する若者が日本に増えない理由』を論証してみた」から引用するが、起業者・起業予定者の割合を調べた国際調査では、日本は最下位で、その割合はアメリカの3分の1だった。

理由の一つとして、「失業者が就職先を見つけやすい国ほど起業がさかん」という仮定がある。
アメリカは失業者の就職確率が30%以上であるのに対し、日本は10%台前半だった。

こんなデータを挙げずとも、日本はキャリア上の失敗が許されない国だから、みな転職や起業などのリスクを取らないというのは、体感として分かっていただけるのではないかと思う。

優秀な人が雇用関係から抜け出せなければ、日本は少しづつ衰退していくのでは

Aさんの話を聞いて、私はAさんの選択を批判するのでは全くなく、ただ、「日本は、とことん経営者に都合のいい構造になっているのだなあ」と思ったのだ。

配偶者や家族を養うべきという美しい常識(もちろん必要性も多々ある)や、肩書きや年収への意識、そして安定志向に縛られて、高学歴で有能な人ほど会社との雇用関係から抜けられない。
働き方は、サラリーマンだけではないのに。

優秀な人が移動しないから、会社も高給を出す必要がない。
だから、管理職の給料も国際的に低いまま。

優秀な人が雇用関係から抜け出せず、やりたいこともできず疲弊していくから、日本は少しづつ衰退していっているのではないだろうか。

……そう思うのは、Aさんが日本社会の常識の中で懸命に生きているのに対し、私は既にその価値観から外れて、レールの外側からこの社会を眺めているからなのだろうか。

お金がない人が「恋活」をするためのブログの書き方を考える

「お金の打算をしないで恋愛できる女性が少ない理由」を書いたら、読者さんからTwitterのDMをいただいた。

「しまむらの服を着ていても、好きになってしまえば、年齢・容姿に関係なく問題ない」

これを、私はこう読み間違ってしまった。

「好きになってしまえば、年齢・容姿は関係ない」

そして妄想した。

私もブロガーなら、年齢・容姿を超えて、文章だけで相手を恋に落とせばいいのでは?

そうして妄想の結果を書いた記事がこれなんである。

なぜか、役に立たない文章講座みたいになってしまったが、前の記事で「恋愛したいけどお金がない人はブログを書くといい」と書いたし、そういう人の役に立つかもしれない(たぶん立たない)ので、アップしておく。

むしろ、「ポエムブログの作り方」になってしまったかもしれない。

※アフィリエイトブログにはあてはまらないので、注意してね

分析力>書きたいこと>文章力

ブログのみで相手を恋に落とすには、やはり文章力が必要だろう。

さて、はてなブロガーの間では、「文章力」=「読みやすさ」と思われていることが多い気がする。

だけど、ポエムブログで大事なのは、私は下記だと思っている。

分析力>書きたいこと>文章力

正直、書きたいことがオリジナルで価値あるものなら、多少文章が下手でも読んでもらえる。

書きたいことよりも分析力を上にしているのは、例えば、失恋という絶好のネタで記事を書いたとして、感想が「悲しい寂しい」だけでは、読んだ人にとって目新しいことはない。

書きたいことがあって、さらにその中から、自分オリジナルの視点で「どう思ったか」を書く必要がある。

書きたいことがない場合は、足で稼ぐのが最もいい。

私がやりたいのは、「フルサトをつくる」に出てくる熊野のような、ニートできる環境を探すための全国巡り歩きである。すっごいやりたいんだけど、残念ながら家庭の事情で今は動けない……。

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

1行ポエムが浮かべば1記事書ける

私は、記事を書く時に、構成を考える時と考えない時がある。

考える時は、言いたいことを1行で表し、その主張のために必要な要素を1行×3(数はその時で違う)で表す。
そして、必要な要素を肉づけしながら書いていく。

とはいえ、考えない時の方が多い(この記事もそう)。

そういう場合は、木の中から仏像を彫り出すように(彫師は木の中に仏像が見えるらしい)、言語化されてない心のかたまりを、文章で削り出す作業をする。

すごくうまくいくと、ピアノで1曲弾くように、文章が書けることがある。
例えば、ここは大切な主題、ここは水面にさざ波が散るように感情的なことを書き散らす、とか。

いつも思うのが、1行、みなが共感できるようなすごくよい主張(ポエム)が浮かべば、それを核に記事は書ける。

ホットエントリーに上がってくる短文の増田(はてな匿名ダイアリー)でも、「まさにこの一文に人々は反応しているんだ」と分かりやすいものがあり、構成の参考にすることがある(※本当の一文だけは除外)。

そういう意味では、私にとってブログはまさにポエムで、この書き方は参考にならないかもしれない。

自分のキャラクターを考える

ポエムブログには何らかの核(コンセプト)が必要で、一本筋が通っていることが望ましい。
コンセプトを立てるか、「○○な私」というキャラクターを核に書くことが多いだろう。

私のキャラクターを例にとってみる。

  • 中年女性
  • 独身子なし
  • 派遣社員
  • お金ない
  • パニック障害
  • 出版社を過労で辞めた経験がある

……これで人気が出るブロガーとかいるんだろうか。いや、いない。

女性ブロガーで人気が出やすいキャラクターは、3パターンあると思う。

  1. 若く可愛い顔出しブロガー(女子高生・女子大生とか)
  2. 育児や料理・恋愛など、女性らしい知識・経験・共感で売るブロガー
  3. リア充な経歴をバックに、知識で売るブロガー

1が最も有利である。
2も女性ブロガーとしては王道であり、最も多いのではないだろうか。
3は、C氏とかK氏のことだが、リア充な経歴を手に入れるのはハードルが高く、いざ手に入れたら別にブログをやらなくてもよい気がする。
ただ、社会で成功している人の意見を「無料で」聞きたいニーズは多く、人気はでやすい。

私はどれでもない。

このブログのコンセプトは、「過労で人生のレールから外れたポジションから、社畜的な生き方が中心になっている世の中を眺める」である(最近書けてないけど)。

だけど、そのコンセプトなら、男性の方が人気が出るだろう。

私が性別をオープンにしているのは、女性でないと書けないことを書きたいからだが、正直メリットよりデメリットの方が大きい。

私のように「ありのままの私」でキャラクターを立てると、あとでいろいろ不都合が出ることがある。

そのため、自分のキャラクターを立てる時には、その後の戦略まで考えておいた方がいい。

挫折経験などを前面に出すキャラクターが注意すべきこと

挫折経験や精神疾患、発達障害などを前面に出していくブログが、必ず悩むだろうことがある。

気をつけないと、自分は全くそういうつもりでなくても、「自分の境遇を世の中のせいにして、不満を言うだけで何も努力をしていない人」と思われることだ。
実際、私のことをそう思っている人は、かなり多い。

私は、自分が今の境遇なのは、自分の努力不足だと思っている。
また、意外に思われるかもしれないが、社畜的な考え方から脱することのできた今は、それなりに幸せである。

人生に挫折した人が何か書くと「自分の境遇を世の中のせいにするな」と言われるが、この論理だと「成功している人しか、世の中の問題点を指摘できない」ことになる。

成功している人は、世の中の問題点など気にしない。
なぜなら、その問題点があっても、自分は既にうまくやっているからだ。

海外での派遣社員の扱いを調べていて、先進国でなくとも(タイとか)派遣社員が不利益をこうむらないように法律で規制している国はそれなりにあった(日本のようにザル法ではなく)。
なぜ日本では、そうならないのだろう?

それは、法律を変えられる、または変えられる人に圧力をかけられる人たちが、現在の派遣社員制度があった方が都合がよいからだ。

世の中の問題点は、必ずしも皆にとって問題点ではなく、その問題点があった方が都合がよいから作り出した人が必ずいる。

成功している人たちに、世の中の批判を任せていても、世の中は何も変わらない。

……かなり脱線したが、挫折経験などがテーマのブログは、見せ方を気をつける必要がある。

必要以上の暗さや不快感を与えず、言いたいことははっきり伝えて、共感されるように。

……いや、私はできていませんがね。

正直に言うと、挫折経験などがテーマのブログはかなり運営が難しく、批判も多く、メンタルも試される。

そうしたブログを書く時は、呪詛は書かず(私は初期の呪詛が誤解されてブログ運営を苦しくしている)、辛さも主張のため本当に必要な時にしか書かず、事実を淡々と書いて、どこかあっけらかんとした感じを残しておくようにした方がいいかもしれない。

あと、自分の辛さを書く時は、「客観的にこの状況を見たらどう思うのか」を常に頭に置いておく必要がある(できていないけど)。

恋活のために共感力を発揮してみる

なんか、何の記事なのか既に分からなくなってきたが、もうここからは、私個人に興味がある方だけ読んでください。

最初に戻って、「文章だけで相手を恋に落とす」である。

私は、ポジティブな文章を書くのが苦手で、途端に表現が陳腐になる。
ネガティブな文章の方が、断然よく書ける。

だから、相手を恋に落とすような表現は苦手だが、ちょっと共感力を意識してみる。

いま好きな人はいないので、「薄毛に悩んでいる男性と、夜桜を見にいった後のメール」というシチュエーションで書いてみる。

あなたは薄毛のことを気にしているようだけど、桜よりも、月よりも、あなたの髪にふと止まった花びらが美しくて、思わずふれてしまいました。

驚かせてごめんなさい。

漱石が「月が綺麗ですね」と言ったように、私にはありのままのあなたの髪がなぜか美しく見えて、「綺麗ですね」と伝えたくなったのです。

あなたはこれまで何度、ひとりで桜を眺めてきたのでしょう。
つらい時も悲しい時も。
人知れず涙を流したこともあったのでしょう。

そうした時を重ねた結果、あなたの髪が薄くなったのだとしたら、私はただ、あなたがつらい時にそばにいられなかったことのみを残念に思うのです。

あなたは「若い時は薄毛じゃなかった」と言うけど、私には、今のあなたが一番尊く、これから老いていくだろうあなたも、ずっとそばでいとおしく眺めていたいのです。

月を眺め見るように。

……あーうー。全然だめだー。

「独身中年女性が、相手もいないのに妄想のみで書いた」という背景は十分気持ち悪いが、その背景抜きで、この文章単体の気持ち悪さは中途半端だ。

相手を引き込む気持ちの強さとか独りよがり感の切実さとかオリジナリティとか全くない。

まあ、こんなものを書くより、自分が書きたいことをしっかり書く方が、よほど相手をひきつけるだろう、ということで。

↓近況はこちらに書きました
おさるのジョージに嫉妬している

おさるのジョージに嫉妬している

おさるのジョージに嫉妬している。


姪(妹の子ども)が生後6ヶ月になった。

私は2人姉妹の長女で、子どもはいない。
姪は私の両親にとって、長い間待ちに待った初孫である。

妹夫婦は、私と両親が住む実家から離れたところに住んでいるので、1ヶ月に1度くらいしか会えない。

妹たちはよくできた夫婦で、もろもろのお祝いのお礼として、2月下旬に両親と私を温泉旅行に招待してくれた。

現地待ち合わせで、フロントで妹に背負われた姪の、顔ぜんぶが口なんじゃないかというくらいの大きな大きな笑顔。
それを最後に、その後じじばばに囲まれて真顔になった時から、姪は人見知り期に入ってしまったのである。

その後、3月に会った時は、2日かけて抱っこしたり歌を歌ったり絵本を読んだりを積み重ねて(なおレロレロは禁じられている)、帰る間際に、やっとやっと一瞬だけ声をあげて笑ってくれたのだ。

だがそれも、私が帰って、次にLINEでビデオ通話をした時には、すっかり真顔に戻ってしまった。


両親と私は、姪が大好きである。
いや、好きという域を超えて、姪のエキスを吸って生きるゾンビみたいになっている。

母にプライム・ビデオを見せるために買ったFire TV Stick (New モデル)で、妹がLINEで送ってくる姪の写真と動画を、TVの大画面で見ている。

妹が写真などを送ってくると、「写真だ」「写真だ」「動画だ」「動画だ」と甘露に群がるアリのように、わらわらとテレビに集まる。

気のきいた感想もなく、「かわいいねえ」「かわいいねえ」とひたすら繰り返して動画だのを鑑賞し、またわらわらと持ち場に戻っていく。

姪が生まれて初めて、「相手が生きているだけでいい」というのはどういうことかを知った。

姪が生きて動いているだけで、私たちは本当に幸せになれるのだ。
母の物忘れへの憂いを束の間忘れて。


だけど、人見知り期に入った姪は、私たちには笑いかけてくれない。

これは辛い。経験したことないような超絶片想いである。

私のスマホの待ち受けは、何千枚の写真から選りすぐった、姪の一番かわいい笑顔だ。
朝も昼も夜も、スマホ自体は使わなくても姪の笑顔だけは見て、「かわいいねえ」と日々百回くらい思ってる。
プラス、姪が笑っている写真やら動画やらをいつも見ている。

だけどあれは、撮影している妹か義弟への笑顔であり、私たちへの笑顔ではない。

LINEでビデオ通話すると、そのことを思い知らされて辛いので、今は週1回しか通話していない。


そこでおさるのジョージである。

私たちには笑ってくれないのに、テレビにおさるのジョージが出てきただけで、けらけらきゃっきゃっと声を上げて笑っていることが、動画で判明したのだ!

これはもう、超絶嫉妬である。
私は恋人のために嫉妬したことはないが、ジョージには嫉妬する。

なんだよー、ジョージなんて、ただちょっと可愛くて、テレビをつけたらいつでも会えるだけじゃん!
捨て身でレロレロしなくても、画面に出てくるだけで笑ってくれるなんて……。

いや、可愛くもなく、いつでも会えない私たちなんて、どうしてもジョージにはかなわない。

なんてったってヤツは、子どもたちのスーパーアイドルなのだ。
姪をたぶらかすのもお手のものなんである。

だから、次に姪に会う時には、ジョージを打ち負かすようなスペシャルな施策を考えたいんである。

さるの着ぐるみとかどうかな。リアルジョージって思ってくれないかな。
でも、姪のためにさるの着ぐるみを着る、子なしの中年女性かあ。物哀しいなあ……。

しかし、妹はちゃんと分かっていて、すでに釘をさされている。
「おねえたち、はしゃぎすぎるから、姪が人見知りするんだよ」と。

重すぎる愛情は、赤子でも戸惑うのかもしれない。


ほんとは昨日、近況報告をしようと思ったのですが、気がついたらよく分からん恋愛の話を書いていて、そのまま忘れてしまっていました。

というか、phaさんの記事に言及するなら、どう考えても3月のゆるくできる仕事についての記事なのですが、phaさんの本を読み返して地方移住とか自給自足とか考えているうちに、もっと考えないと書けないと思って延期にしました。
あと、ねねさんの安楽死の記事への言及とか、書くといって書いていないものがたくさんあるのだけど、難しいものはあまり書けなくて、よく分からん恋愛の話は書けるという……。

さて、2月に暗い記事を書いたまま、ブログを更新せずtwitterなどもやっていなかったので、ご心配してくださった方々もいて、誠に申し訳ありません、そしてありがとうございます。

「ブログのこれから、私のこれから」で書いたように、今年の4月から仕事を辞めていろいろな活動をしていくつもりだったのですが、家庭の都合でお金が必要となり、ちょっと延期になります。
でもあきらめたわけではなく、皆さんに見えないところで、ひそかに準備をしております。

なので、このブログが放置されていても(まあいつものことですが)、「何かやってるんだなー」と思っていてください。

家庭の事情が大きく動かなければ、夏か秋には何らかの活動をしたいし、このブログもやめるつもりはないです。

なんでブログが書けないかというと、下調べが必要な記事に取り組む時間と気力が今はない、ということなんですが、書きたいこと自体はたくさんあって、放置するといいつつも、何かの拍子でスイッチが入って書き出すこともあると思います。

……っていつも言っていて「またかよ」って感じですが、長い目で見守ってくださると幸いです。

お金の打算をしないで恋愛できる女性が少ない理由

phaさんの「貧乏と恋愛」を読んだ。

「お金がないと恋愛や結婚ができないと言う人は、『男が稼いで女にお金を出すもの』みたいな男女観に囚われているからで、男も女もみんながある程度家事や仕事ができるという状態なら、本当に自由な恋愛ができるようになるんじゃないだろうか」というのは、本当にその通りだし、そうなってほしいなと思う。

「その通り」ということを前提に、phaさんの記事と関係なくなるが、日頃思ってたことを書きたい。

さらに恋愛では、お金あるとかないとか関係ない、この人が好きなんや、みたいなのもしばしば生じるものだ。

これを読んで、「私はこんな純粋な気持ちで恋愛したことは、たぶん1回しかない」と思った。

最も純粋なつきあいだった、8年間つきあった大学時代からの彼氏でさえ、つきあう前に「この人は私のことを好きと言ってて、いい大学だし、お家も裕福だし、まあいっかなー」という打算があったし。

あえて主語を巨大にすると、全くの打算抜きで恋愛できる女性は少ないんじゃないかと思う。

女性が恋愛や結婚をするのに打算が必要な理由

女性が恋愛や結婚をするのに打算が必要なのは、以下の2つが理由だと思う。

  • 日本では、女性が1人で生きていくのは難しい
  • 女性の最大の魅力を「若さ」と思っている男性は多く、若い期間は短いから、生きていくためには早く結婚する必要がある

女性が1人で生きていくには「安定した会社で正社員」という前提があって、たまたま氷河期世代で就職できなかったり、就職しても病気などのアクシデントで辞めたりしたら、たいてい非正規雇用となる。

「日経WOMAN」という、働く女性がターゲットの雑誌で、たまに女性の年収特集みたいな記事をやっている。

私が学生とか20代の頃は、低くても年収300万台までの女性しか登場していなかったと思うけど、最近は年収100万台の女性たちとか普通に出てくる(もちろん高い年収の人も出てくるけど)。

普通の雑誌ならわかるけど、これは「働く女性」「キャリアウーマン(しご)を目指す女性」がターゲットで、真面目に働いている女性たちの「普通」がいまは年収100万円台というのは、ちょっと驚きがある。

仕事で食べていけないから、女性にとって結婚は「就活」「立身出世」「青田買い」という側面もある。

その代表が「婚活」で、男性は「年収」「安定」、女性は「若さ」「容姿」を互いに交換する場だ。

ある意味、結婚というのは、「安定」と「性」の交換という側面もあるのかもしれない。

「性」には、快楽のための性行為だけでなく「生殖」も入っている。
子どもを産めるかどうかには「年齢」が関係するので、女性の価値=「若さ」と思っている男性は多いように思える。

そして、子どもを育てるのには、お金がいる。


上に挙げた考え方は極端で、ふつうの人はもっとバランスよく結婚のことを考えているけど、こうした事情があるため、心のままに恋愛する20代後半以降の女性は少ないように思える。

「2番目に好きな人と結婚した方がうまくいく」「自分『が』好きな人よりも、自分『を』好きな人と結婚した方がうまくいく」などといったことを信じて、実行している女性もいたりする。

「好きじゃないけど、嫌いでもない、条件もまあまあだから結婚する」というのは、女性にとってわりと普通のことだ。

もちろん、たとえ打算で相手を選んでも、そこからちゃんと恋愛・結婚できれば問題ない。

ただ、「お金あるとかないとか関係ない、この人が好きなんや」とまで思う女性は少ないと仮定して、それは「才能」だと思う。

私が思う「恋愛の才能がある人」

私が思う「最も恋愛の才能がある人」は、幼なじみと相思相愛で結婚した人である。

まず「この人が好きなんや」とまで思える人に出会うことが最難関なのに、身近で出会い、ずっと別れずに、就活でない結婚をする。だれでもできることではない。

もちろん、幼なじみでなくとも本当に好きな人と就活でない結婚をした人や、たとえ出会いが婚活でもそこからちゃんと恋愛ができた人も、恋愛の才能がある。

逆に、恋多き人は才能がないと思う。そういう人は、恋をしている自分に酔っていることが多く、相手のことを本当には見ていない。

あと、うまくいかない恋に執着する人も才能がないと思う。うまくいかないのに執着するという時点で、やはり相手のことを見ていないから。

「打算なしの恋愛」と「同じ相手と一生生きること」に必要な才能は同じ

私が思う「恋愛の才能」は、「相手の欠点に寄り添ってもいいと思えること」だ。

「お金あるとかないとか関係ない、この人が好きなんや」とまで思えるのは、「お金がないという『欠点』なんか気にならない、そんなの2人で助け合いながら何とかやっていけばいい」という、完全に打算を超えた気持ちだ。

つまり、「共感力」である。

皮肉なことに、たとえ就活としての結婚をしても、「同じ相手と一生生きること」に必要なのもまた、「相手の事情に寄り添う気持ち=共感力」なように思える。

就活のような結婚をした場合、相手が条件(年収など)から外れてしまったら、やはり離婚するのだろうか。

離婚する人もいるだろうし、何とか一緒にやっていく人もいるだろう。

それを分けるのは共感力だが、これは諸刃の剣で、共感力が強いためにだめんずに引っかかる人もいるだろう。

だから、恋愛に必要な才能ではあるが、必ずしも幸せに働くとは限らない(恋愛が必ずしも人を幸せにしないのと同じ)。

恋愛したいけどお金がない人はブログを書くといい

「ニート祭り」で出た「お金がないと恋愛や結婚ができないことについてどう思うか」だが、恋愛したいけどお金がない人は、ブログを書くといい。

実際、phaさんはお金がなくても、すごくモテるだろう(しらないけど疑いようがない)。
phaさんの人となりはブログで伝わってきて、共感する人はたくさんいるし、その中には女性だっているだろうから。

恋愛の才能が共感力ならば、相手に共感してもらえる材料を、ブログで提供するのだ。

別に人気ブログにならなくても、気になる異性に「こんなブログ書いてるんですけど」とアピールできる。
私も、人のブログを読んで「この人お金ないんだろうけど、面白いし、会ってみたいな」と思うことはたくさんあるので。

あと、「相手に共感してもらう」だけでなく、「相手に共感する」こともとても大切だ。

女性にとって、打算を忘れるほどの魅力は、「私のことを分かってくれてる」という共感だと思う。

だから、お金がない男性は、「私のこと分かってほしい」と思っているお金がある女性を狙うといいのかも。
問題は、どこで出会うのかだが。

男性ニートと、専業主夫を探しているキャリア女性が出会う場とかあればいいのに。

初デートにしまむらを着てくるおばさんは恋愛できるか

※気持ち悪い文章を読みたくない人は、ここで終わりましょう

「キモチワルイことを書いてこそブログ」という信念のもとで書くけど、私は、いろいろあきらめて枯れた今なら、「打算なしの恋愛」ができると思う。

問題は、私ができても、それを受け入れてくれる人がいない、ということだが。

子どもはあきらめた(産めるけど育てる体力がない)。
お金はないけど、いろいろな小銭の稼ぎ方を知ったので、時勢が大きく変わらなければ(いかにも変わりそうだけど)、一人で生きていけるだろう。

そうすると、望むことがシンプルになってくる。

ただ、一緒に楽しく過ごせて、心の支えになったりなられたり、それだけでいい。

年収とか容姿とかどうでもよく、「本とか映画とか、何でもいいから面白いものを、嫌味なく『これ面白いよ』って勧めてくれて、感想を言い合える人」「人生というイベントを、いろいろ言い合いながら、一緒にやり過ごせる人」「暴力ふるったりアル中だったり約束破ったりしない人」、その条件だけでいい。

その条件だけでいいって言っても、けっこう高い条件だし、プラス「私を好きになってくれること」だから、絶望的に高い条件だが。

「貧乏と恋愛」というテーマで最も気になったのは、実は、「お金がないから、初デートにしまむらの服を着てくる私でも、好きになってくれる男性はいるのか?」である。

あ、「若くて美人なら」は無しで。

「たぶんいない」と仮定すると、若さもお金もない中年女性は恋愛も難しいから、若いうちに恋愛なんて言ってないで「就活」としての結婚をするべき、結婚は金と若さの交換という経済的活動である、ということを身をもって証明してるな。悲しいけど。

恋愛や結婚は、若い人にだけ許された特権のように思えるので、私は恋愛なしで生きていく方法を考えていきたい。

(※しまむら大好きだから、ディスってないよ)

にゃんにゃん

続き
お金がない人が「恋活」をするためのブログの書き方を考える