ニャート

旧「一橋を出てニートになりました」。出版社を過労で退職→引きこもり→派遣社員を経て、働き方や社会のあり方について思うことを書いています。

おじさんおばさんという人生の下り坂でも、楽に生きるために

『なぜ「おじさん」「おばさん」は、人生の下り坂に耐えて生きていけるのか。』という記事を読んだ。

私は、夫も子どもも定職もお金もない(わりと悲惨な)おばさんだが、それでも、若いときと今を比べると、今の方が生きやすい。

今日は、人生の下り坂でも楽に生きるには、「年をとるメリットに着目する」「年をとるデメリットにとらわれない」が必要なのでは、ということを考えたい。

年をとることのメリットに着目する

年をとることは、体力や容姿などのダウンといったデメリットが強調されやすいが、実際は、年とともにアップしていくものもあると思う。

年とともに上がる能力もある

たとえば私は、記憶力と体力以外は、今がいちばん総合的な能力が高いと思う。

特に、文章を書くことについては、(ボケなければ)死ぬ間際に書く最後の文章が私のピークだと確信している。
私は苦しめば苦しむほど文章が書けるタイプだ。
晩年はきっと苦しむだろうから、その時に自分がどんな文章を書くのか今から楽しみである。

自意識が薄まって楽になる

10代のときは、道ゆくすべての人が自分を見ているような感覚(実際にはそんなことない)に襲われたが、今ではそんな感覚があったことさえ思い出せない。
よくパジャマで近くのパン屋に行くくらい、自意識とか恥じらいとかがなくなった(それは悪いことでは…)。

自意識が薄まると、コミュニケーション能力が伸びる。
私は、大学時代はゼミで発言するのも恥ずかしいほど自意識過剰だったが、今はもう人の目などどうでもよく、人見知りもほとんどしない。

年をとると、自分が大した人間ではないことを自然に受けとめられるようになるので、その分楽になった。

一つの価値観に縛られなくなる

20代くらいだと、親や学校、会社で出合った価値観くらいしか知らないため、そこからはみ出ることが怖くなる。

でも、30代に入ると、世の中には努力だけでは必ずしもうまくいかないことがあることが分かってくる。

たとえば、望んでも子どもができないこともある。
授かっても流れてしまうこともある。
結婚すればだれでもすぐ自然に子どもができると思うだろうが、実はそんなことはなく、健康な子どもは、まさに授かりもので奇跡だと思う。
だから、30代になると(そういう話の流れにならない限り)女性に「お子さんいますか?」と聞いたりしなくなる。

一見幸せに見える人も、みなそれぞれの天国と地獄を生きていることが分かり、あまり人と自分とを比べなくなる。

知っている価値観の数が少ないと、そこからはみ出た人を攻撃しがちなので、挫折が多い人のほうがムダな縛りがなくなって、自分にも他人にもゆるゆると生きられるのかもしれない。

年をとるのが楽しみになるような趣味をもつ

(うろ覚えですまないが)マンガ「昭和元禄落語心中(1) (ITANコミックス)」の何巻かで、落語家は70過ぎてからがピーク、みたいな表現があった。
俳句の入門書などにも、俳句は30年くらいやって、やっと違いが分かってくる、みたいな表現がある。

このように、年齢や経験を積んでこそ達する極みを実感でき、年をとるのが楽しみになるような趣味を持ちたい。

そして、他人と比べることなく、自分比で「○年前よりうまくなってる」と自らの成熟を楽しめるようになりたい。

年をとることのデメリットにとらわれない

ここまで「年をとることのメリットに着目する」について考えてきたが、人生の下り坂でも楽に生きるには、同時に「年をとることのデメリットにとらわれない」ことも必要になる。

悲しいけれど、年をとるにつれ不利になる事柄はある。
「体力」「容姿」「恋愛・結婚・出産」などだ。

たとえば、容姿。
自分の存在意義を「女はやっぱり顔とカラダ!」としてしまうと、年をとるにつれ辛くなるばかりだ。

自分で自分を評価するときに、大事だと思うポイントを、容姿などの年をとるとダウンする要素から、(たとえば気品などの)年をとるとアップする要素へと移していった方が生きやすくなるだろう。

また、容姿などはどうしてもピークだったとき(20代など)と比べてしまいがちだが、「3年前と比べて、そんなに変わってない~」くらいの方が楽に生きられる。

年齢制限内にできなかったことは、もう仕方がない

あと、年齢制限があること(出産など)が若いうちにできなかった場合は、けっこうつらい。
私は、若くて体力があるときに出産できなかったことが大きな心残りで、あきらめることはできているが、何かの折に涙目になってしまうことはある。

だが、残念ながら、若くて体力があったときは戻ってこない。

それなら、この思いは自分を苦しめるだけでムダなので、たとえ血の涙を流すほどつらくても、「あ~、もう、しかたないっ」と心の中の冷凍庫で凍結させるしかない。

出産しなくても、子どもと関われる方法はいろいろある。
老後に、子ども向けの寺子屋を開いて先生になってもいいし、里親制度だってある。
できなかったことを悔やむより、今からできることを前向きに考えていきたい。


おじさんおばさんになっても、まだ人生は半分くらい残っている(ラッキーな場合)。

田舎の小さな図書館にある本でさえ、一生かかっても読みきれない。
未体験のエンターテイメントはいくらでもある。

私がおばあさんになるころは、氷河期世代の孤独老人が大量に発生して、社会問題になっているだろう。
でも私は、おばあさんだらけのシェアハウスを作るなど、自分ができる範囲のことをしたい。
おばあさんだらけのシェアハウスで、そのときの最新技術(なんだかわからないが)の勉強会を開いたりするんだ。楽しそうでしょ。

年をとることのデメリットや恐ろしさより、メリットと、今日も生きていられる喜びと感謝に目を向けて、生きられる限りは前向きに生きたい。
(いつもネガティブな私だからこそポジティブに書いた)

冬の体調不良を乗りこえて、久々に寄稿を再開したので、できたら読んでください~
父親との確執のおはなしも書いています~

www.onecareer.jp

※これは、ぱっとしないおばさんが思った、単なる個人的な感想です。お金があるか、子どもがいるかなどで、考え方はかなり変わってくると思います。