2016年1月の軽井沢スキーバス転落事故では、当時インターネット上で、被害者やその遺族が叩かれるという現象が見られた。
この記事では、軽井沢スキーバス転落事故の概要をざっくりと振り返ってから、バス運行会社が違法な安値でツアーを受注した結果、事故を起こして自らも死亡した当時65歳の運転手にどのようなしわ寄せが生じていたのかを考える。
軽井沢スキーバス転落事故の概要・場所は?
まず、軽井沢スキーバス転落事故の概要をざっくりと振り返っておきたい。
日時:2016年(平成28年)1月15日(金)AM1:55頃(夜中)
場所:長野県軽井沢町・国道18号線碓氷バイパス入山峠近辺
詳細:スキーツアー用の大型貸切バスが、急な下り坂でカーブを曲がりきれずに道路脇に転落
軽井沢スキーバス転落事故の犠牲者(被害者)は?
軽井沢スキーバス転落事故では、乗員・乗客41名中、死亡15名(乗客13名・運転手2名)、重傷17名、軽傷9名が犠牲となった。
軽井沢スキーバス転落事故の犠牲者の大学名は?
軽井沢スキーバス転落事故の死者13名はすべて大学生で、法政大学が4名と最も多く、首都大学東京・早稲田大・東海大学・東京農工大学・広島国際大学・東京外国語大学など、将来のある若者が犠牲となる痛ましい結果になった。なお、犠牲者のうち法政大学生の4名は、テレビでも有名な尾木直樹教授のゼミ生だった。
軽井沢スキーバス転落事故における犠牲者の死因は?
現場で検案した医師によると、犠牲者の死因は9名が頭蓋内損傷、4名が頸椎損傷、2名が全身強打とのことだった。遺体の大半は顔や体には目立った傷がさほどなく、外見と体内ダメージのギャップが大きかった。
参照:スキーバス転落:防御できず頭損傷、即死状態…検案の医師 | 毎日新聞
軽井沢スキーバス転落事故ではシートベルトが生死を分けた?
事故発生時は夜中の2時頃だったため、座席で眠っていた乗客が多く、シートベルトをしないで座っていて、事故の衝撃で頭や首から壁などに突っ込んでいった結果、頭蓋骨や頸椎への損傷が致命傷となったと考えられる。ただし、シートベルトをしていなくても生存した乗客もいる。
参照:【軽井沢スキーバス転落】犠牲者は右側に集中 シートベルト着用案内なし 何が生死を分けたのか|産経ニュース
軽井沢スキーバス転落事故の原因は?
軽井沢スキーバス転落事故の原因は、2017年6月に出された事故調査委員会の報告書では、下記のように述べられていた。
事故は、貸切バスが急な下り勾配の左カーブを規制速度を超過する約 95km/h で走行したことにより、カーブを曲がりきれなかったために発生したものと推定される。
ただし、2022年6月時点では、バス車両に原因があった可能性も指摘されている。
参照:「軽井沢バス事故の原因」についての再考察(上)~「加速⇒フットブレーキ」は当然の行動ではないのか(郷原信郎)|Yahoo!ニュース
軽井沢スキーバス転落事故の被害者が叩かれていた点
2016年当時、軽井沢スキーバス転落事故の被害者がネット上で理不尽に叩かれていた点についてまとめておく。
- ある被害者カップルが、「東京で生まれ育つ」「一流大学入学・留学」「一流企業内定」「家族が大企業一族」という恵まれた境遇であること(マスコミが「完璧なカップル」と煽ったため)
- 被害者遺族が「格安でも満足できる旅行を提供してほしい」と発言したこと
2番目はもちろん、「格安でも最低限の安全を保障してほしい」という意味であろう。
そもそも、何より大事な家族を失った直後に、理路整然としたコメントができる人がどのくらいいるのだろうか。
だが、運転手が65歳の非正規労働者だった一方、被害者遺族は裕福な家柄だったというギャップが存在したことから、まるで「上級国民」が非正規を搾取して「格安でも満足を求めている」ように受け取った人もいたようだ。
あげくのはてには、「車内で裕福な学生との格差に失望した運転手が、秋葉原通り魔事件のようなテロを起こした」などと無茶苦茶な主張をした人までいた。
被害者よりも運転手が同情を集めた遠因としては、2016年当時で既に格差が広がっていたことが挙げられるだろう。
ここではまず、この運転手が受けたであろう、異常な激安ツアーのしわ寄せによる搾取について整理したい。
軽井沢スキーバスツアー転落事故の運行会社が犯した違法
この格安スキーバスツアーは、旅行会社のキースツアーが企画した。
キースツアーのホームページでは、今回と同種のバスツアーが「1泊3日10,900円」で掲載されていた。宿泊費(車中泊)・リフト券・往復バス代・スキーレンタル代が全部込みでこの値段である。
この激安ツアーを、バス運行会社のイーエスピーが19万円で請け負った。
この金額は、過剰な価格競争を起こさないように法が定めた下限の27万円を大幅に下回っており違法である。法定下限を下回る値段はキースツアーが提示した。
イーエスピーが違法かつ激安の価格でもこの仕事を受けざるを得なかった事情は、このイーエスピー社屋(プレハブ)の画像を見れば何となく分かるだろう。
【悲報】バス事故で亡くなった学生の内定先と運転手の勤務先に格差。 田端勇登さん(22) 日本政策投資銀行本店(大手町) 小室結さん(21) 三井不動産本社(日本橋) 運転手が働いてたイーエスピー pic.twitter.com/pqZBPvirMW
— ナマズん(雪) (@NAMAZUrx) 2016, 1月 16
イーエスピーは、2015年2月の監査で、運転手に定期健康診断や適正診断を受けさせなかったことが発覚している。事故の2日前には、一部車両の使用停止を命じられる行政処分も受けていた。
違法な安値の、運転手へのしわ寄せ
旅行会社が激安ツアーを企画し、違法な安値でバス会社が請け負う。儲けが少ない分、バス会社が削るのは人件費と安全のための経費(運転手の定期健康診断代など)だ。
人件費をかけなければ経験と技術のある運転士は集まらないため、人手不足に陥る。そのため、多少問題があっても、安く使える運転手を雇うことになる。
運転していた、土屋広運転手については以下のように報道されている。
- ツアー繁忙期要員として、2015年12月に、契約社員として採用された
- 前職は、都内のバス運行会社に5年間在籍し、週2~3回、小型バスで冠婚葬祭会場の送迎運転をしていた
- 採用面接時に、大型バスの運転が得意ではないと話していた
- イーエスピーは、過去の運転歴を確認せず、一般道を走らないよう指示していた
- 今回が4回目のツアー運転だった
- 報酬は往復で25,000円(3日拘束)
参照:前職場の社長「 在籍中スキーツアーの仕事せず」
運転手、経験不足か=ツアー4回目、教育怠る−転落事故のバス会社・国交省
土屋運転士は65歳だった。普通なら会社を退職する年齢で、経験の少ない大型バスを、これまた経験の少ない夜勤で、運転することになった。
土地勘もなく街灯もない真っ暗な一般道を、高齢にもかかわらず夜を徹して走る勤務にもかかわらず、3日拘束で25,000円、つまり1日8,000円程度しかもらえない。
これなら、時給900円のコンビニで9時間働いた方が、よほどマシではないか。これが搾取でなくて何であろうか。
さらに、高速バス運転手の仮眠室は、このようになっている。
長距離バスの『控え運転手用仮眠スペース』がやべぇ(・_・) pic.twitter.com/cPQemHbQqi
— ナマズん(蛇) (@NAMAZUrx) 2016, 1月 16
コラ画像かと思ったら本物らしい。こんな仮眠スペースでは高齢の身体に堪えるだろう。
イーエスピーによると、土屋運転手は遺族がいるか分からずに遺体を引き渡せていないという。土屋運転手も間違いなく激安ツアーの搾取構造による被害者のひとりなのに、死を哀しんで葬ってくれる身内もいないのだ。
軽井沢スキーバス転落事故に見る格差社会の構図
軽井沢スキーバス転落事故は、違法な安値で受注した運行会社の皺寄せが、高齢の非正規雇用者に搾取という形で及び、搾取した結果が若く恵まれた境遇の被害者の前途を絶つ一因になったかもしれないという、いわば格差社会の逆転縮図を人によっては感じられる事故だ。そのため、被害者やその遺族が理不尽に叩かれるという現象が生じたのかもしれない。
だが、被害者やその遺族を叩くのはおかしい。
まだ20代前半で、自分の身に何が起こったかもおそらく分からないまま、苦しんで死ぬことになったのだ。その恐怖や絶望を思うと、せめて今後は安らかに眠れるよう祈る以外にどんな気持ちも湧かない。
もし、被害者を叩くほど社会に不満を持っているなら、その怒りは貧困や格差社会を生じた原因に向かうべきだ。
日本では、ストライキなどほとんどない。政治家を表立って批判して運動を起こすこともほとんどない。しかし、そろそろ行動を起こすべき時期であるのかもしれない。